ちくま学芸文庫<br> モードの迷宮

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ちくま学芸文庫
モードの迷宮

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  • サイズ 文庫判/ページ数 230p/高さ 15cm
  • 商品コード 9784480082442
  • NDC分類 383.1
  • Cコード C0110

内容説明

たとえば、このドレスはわたしの身体を覆っているのだろうか。逆に晒しているとはいえないだろうか。たとえば、衣服は何をひたすら隠しているのだろうか。いやむしろ、何もないからこそ、あれほど飾りたてているのではないだろうか。ファッションは、自ら創出すると同時に裏切り、設定すると同時に瓦解させ、たえずおのれを超えてゆこうとする運動体である。そんなファッションを相反する動性に引き裂かれた状態、つまりディスプロポーションとしてとらえること、そしてそれを通じて、“わたし”の存在がまさにそれであるような、根源的ディスプロポーションのなかに分け入ってゆくこと、それが問題だ。サントリー学芸賞受賞作。

目次

1 拘束の逆説(意識の皮膚;従順な身体;シンデレラの夢;誘惑の糸口;騒がしい境界)
2 隠蔽の照準(泡だつ表面;“肉”の回避;最後のヴェール;イマジネールな外縁;同一性の遊び)
3 変形の規則(饒舌な可視性;身体のシミュレーション;“わたし”のもろさ;無秩序に変えられるための秩序;明るいニヒリズム?)

著者等紹介

鷲田清一[ワシダキヨカズ]
1949年、京都市生まれ。1977年、京都大学大学院文学部研究科(哲学)博士課程修了。関西大学文学部哲学科助教授を経て、大阪大学文学部人文学科助教授。著書に『モードの迷宮』『分散する理性』(ともにサントリー学芸賞受賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

らぱん

49
彼我の境界を皮膚であるとせずに、我々の纏う衣服は記号であり、それは思想(思惑)を着ていることであり、衣服は二番目の皮膚だとする。つまり、何を纏うかがまでが<わたし>であるとの定義の上で、その変遷すなわちモードとは、ヒトという存在を説明する手掛かりになると言う。ファッションを相反する動性に引き裂かれた状態としてとらえ、そこから<わたし>の存在が、まさにそのディスプロポーションの中に常にあることを考えねばならない。また、スタイルの反復という性質などからモードを考え社会を読み取る方法論の提示にもなっている。↓2019/10/22

ころこ

41
衣服の触覚的な現象学とモード体系の構造主義という、相反するはずの2つの思潮がなぜか矛盾なく同居しています。不在の身体を外界との境界にある衣服とのほつれから身体性を回復していく。他方で、意味が生成されるとその意味を裏切ることを目的とする意味体形であるモードの力学を解明していく。両者の方法論は、表層深層モデルから表層に全てがある、中身を捨てて表層をかすめ取る達磨の製造法を思い起こさせます。単にファッションを語るから女性にうけるわけではなく、表面の身体性に着目した語りが女性に届いていると理解すべきでしょう。2019/06/23

いずむ

15
人はなぜ服を着るのだろう。そもそも、”服”とは何だろう。そんな問いがいつの間にか、自分と他者、或いは世界との境界線を探る哲学へと深化する。飾り、魅せるためか、或いは被い隠すためなのか。個を主張するためなのか、或いは集団の中で沈黙するためのものなのか。”痛めつける”ほどに締め付け、反対に、身に付けるコトでより弛緩を促すコトもある。”自由”でありながらも、しかし冒すべからざるルールがそこには確かに存在している。人は、”自分でないもの”を身に付けてはじめて、”自分”を形成する。そんな論理が面白いと、ボクは思う。2014/01/11

Ex libris 毒餃子

13
メルロ=ポンティとバタイユを経由したようなファッション論。ファッションの身体への侵食が禁忌への侵犯に読み取れました。フランス文化圏に詳しくないと難しいかも。2023/06/10

林 一歩

9
いたってノーマルな性癖の持ち主なのでコスチュームに対する思い入れは皆無。そういった内容がメインの論文ではないが、読んでる間中ナース服にセクシャルな興奮を覚えるという知人の顔が頭を離れなかった。2012/12/02

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