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会うことは目で愛し合うこと、会わずにいることは魂で愛し合うこと。―神谷美恵子との日々

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  • サイズ B6判/ページ数 244p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784880082790
  • NDC分類 289.1
  • Cコード C0095

内容説明

夭折した青年が遺した日記。そこには、18歳の神谷美恵子がいた。淡くてせつない、魂の純愛日記。

目次

野村一彦の日記
兄妹ものがたり(断片録)(松田瓊子)
「一彦日記」に託されたもの(住川碧)

著者等紹介

野村一彦[ノムラカズヒコ]
1914年1月19日、野村胡堂の長男として東京に生まれる。作家であり、また、クラシック音楽評論のパイオニアである父親と、教育熱心で敬虔なクリスチャンであった母親のもとで育つ。高校生の頃すでに父親の仕事の手助けをするなど才能の萌芽を見せ、成城学園、そして帝大文学部(美学専攻)に学ぶが、1934年、腎臓結核のため二一歳でこの世を去る。妹は、少女小説家の松田瓊子
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

マリリン

35
一般的な現代の愛とはかなり異質であるが、葛藤しつつも愛し合うという事が表題のような静寂感の中に在る事が伝わってきた。当時(1930年代)全てに当てはまる訳ではないのだろうが、結婚や恋愛・社会等の一端を知ることができたのは個人的な日記ならではかもしれない。6年にわたる腎臓結核との闘病の末21才で神に召された青年野村一彦の日記と、受け継ぐように病の床に横たわる兄を綴った妹の日記が収録されている。当時の神谷(前田)美恵子の心情を深く理解するには著書を読んでから手にするべきだったかもしれない。2020/06/08

みねたか@

34
野村一彦。作家野村胡堂の息子。15歳から腎臓結核を患い21歳で病没。本書は彼が18歳だった1931年ごろの日記を軸に編まれている。日記に綴られる若き日の神谷美恵子への思慕の念。その美しい文章には信仰とあくなき向学心が溢れ,誰に対しても誠実で、愛する人の魂を見つめる高潔な人柄が漲っている。併録された妹瓊子の手記から,彼が病の中で自分の生を生き抜こうとした姿が垣間見える。その姿は周囲の若者たちの生き方に大きな影響を与えたことだろう。もちろん,その後「らい」と出会い半生を捧げた前田美恵子の生き方にも。2020/09/23

ケニオミ

13
読友さんが最近読まれた本です。タイトルに惹かれたことと、若かりし頃の神谷美恵子が恋愛対象だったことから、読むことにしました。死病を患っている、奥手な男性の日記が中心となっています。美恵子に対する愛情は一貫していますが、相手の気持ちがわからないステージでの苦悩、自分の病気ゆえに諦める方に傾く気持ちがよく分かります。実際は相思相愛だったようですが、美恵子に一言「愛している」と言えたのでしょうか? それとも目で愛し合っただけなのでしょうか? 神谷美恵子の『生きがいについて』をもう一度読み直してみたくなりました。2020/06/07

いやしの本棚

12
あくまで日記であり私的なノートなので、清らかすぎで胸が痛かった。神谷美恵子が『生きがいについて』を書いたこと、あのような思想をもち、生きたことの、理由というか…根は、この愛にあるのだと感じた。松田瓊子による「兄妹ものがたり」では、妹の目から見た敬愛する兄の姿と、「みとり」についても語られている。兄の死の直後に、神谷美恵子が訪ねてきたことも。『うつわの歌』に収録された「絶望の門」の言葉が思い出される。「うつつならぬ愛」とは真実だったのだと。2018/05/26

antoinette

9
著者の写真はイメージどおり、繊細で穏やかそうな顔だった。こんなに聡明で清らかな青年がいたんだなあ。18歳とは思えない知性が随処に示されるいっぽう、美恵子への想いの純粋さ、ひたむきさは幼子のよう。男性が意中の女性について「ぼくのもの」と語るのこんなにいとおしく響くとは。……しかしびっくりするほど内気。奥ゆかしいというべきか。このころの恋愛・告白は相手の家族の許可を得てから、みたいな風潮があったのかな。美恵子の兄にして一彦の友人であった陽一を通して両想いであることはわかっていたようです。(続く)2013/09/08

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