目次
1 「私」という問題(「私」とウソ;私は私?―「私」は閉じているのか ほか)
2 自分があおり出した物語に巻き込まれて(ラーシュ事件;マキの場合 ほか)
3 他者の物語に飲み込まれて(犯っていないタダシ;タダシのなかの二重の世界 ほか)
4 ウソの物語、マコトの物語(ウソらしいウソ、マコトらしいウソ;ウソについて考えるためのいくつかの前提 ほか)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
かわけい
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「ウソ」が自己の利害・損得にかかわって、人が作り出す虚偽ならば、人はなぜ「ウソ」の自白をするのか。日常生活から突然引き離されて、容疑者として取り調べの席に引き出される。そこには味方をしてくれる人は誰もいない。毎日毎日、検察官の作り上げた物語を聞かされて記憶を書き換えられていく。早く楽になりたい気持ちもある。裁判官に真実を話せばわかってくれる。しかし検察官はその物語にあわせた証拠を作り出し、裁判所に提出してしまうのである。彼らの作り出した自白調書と証拠物件が99,9%という世界にもまれな有罪率を導き出すのだ2016/08/13
ミランダ
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嘘をつく行為もまた、自己防衛の1つなんだなーって思った。当事者にとっては出来心でついたものでも、聞き手の対応などにより、話が大事へとなる。そもそもなぜ嘘をつくかというと、聞き手へ隠さなければならない領域があるとすると、嘘をつく当事者とその聞き手との間の関係性が問題になってくる。そう考えると、聞き手は、当事者の嘘をつく行為の善悪を問ったり、その場の軽はずみな嘘に流されていくのではなく、当事者が本当に聞き手へ隠したい「聞き手が知らない自分の領域」をつきとめていく事が大切なのかなーとおもった。2012/06/27
ちょん
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心理学関連の著書。「ウソ」の観点から、私たち人間の言葉に対する認識の曖昧さや思い込みがもたらす恐ろしさを、さまざまな事件例を通してリアルに読み取る事が出来る。2011/11/22