出版社内容情報
人間の生命の基盤となっている塩にまつわるさまざまな話。製塩の遺跡の発掘などからわかる塩田の状態,製塩法,古代から近代までの塩の流通 塩の産地のかずかず 塩に関係するいろいろな人物像や物語など,塩研究の第一人者がやさしくつづる塩の歴史。
内容説明
製塩の設備や用具、製塩技法、塩業語彙、塩業経営や塩の流通、塩質や消費の実態など、塩業の文化・経済のすべてにわたって、時代ごとの特質を68の質疑応答形式で解説する。
目次
古代(藻塩―製塩に海藻をどう使ったか;堅塩―はたして貧者の塩であったのか;塩山―権門・寺社は山林を占有して塩をえた;塩尻―略奪的製塩法 ほか)
中世(中世の塩浜と塩生産者の実態はどうであったか;伊勢神宮の塩浜―古式入浜の出現;塩釜神社の御釜は煎塩鉄釜か ほか)
近世(近世にはすべての製塩法が出揃う;三陸海岸では海水を直接煮つめた;南九州や南西諸島には中世以前の方法が残っていた;東北では山奥でも塩を作った ほか)
近代(明治維新は塩業にどのような影響を与えたか;塩田の地租改正は田畑の場合とどう違ったか;明治期に製塩技術は進歩したか;十州休浜同盟は明治23年まで続いた ほか)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Miyoshi Hirotaka
19
短歌から古代の製塩法が推測できる。それによると燃料になる広大な山林を所有する者が塩を支配したようだ。16世紀には現存するすべての製塩法が出そろい、全国に製塩が普及。上杉謙信が武田信玄に塩を送った話は、後世に作られた美談。内陸国への塩や魚の流通を止めるのは普通の戦略。石炭を採用し、コストを大幅にカットしたのも製塩業。秀吉の城下町大阪では、物流上の優位性から塩の値段が下がった。塩対決といわれる赤穂と吉良の対立もコスト差で赤穂の圧勝。供給が安定し、盛り塩、撒き塩など儀式用途も拡大。塩は古代からの産業の優等生。2021/10/11
takao
1
藻塩には定説がない。塩釜は焼塩用。2016/08/09
sfこと古谷俊一
1
塩を生産するために、直接火で水を飛ばすのはコストがかかりすぎるため、濃縮するために労力を使う工夫がなされてきた歴史が詳しく。戦後しばらくまでの塩の生産が、塩田の名にふさわしい、熟練をようする農業的な重労働であったことがよくわかる。2009/06/24