内容説明
マニエリスムとは何か。それは危機の時代の文化である。世界調和と秩序の理念が支配した15世紀は、黄金のルネサンスを生み出した。だが、その根本を支えてきたキリスト教的世界像が崩れ、古き中世が解体する16世紀は、秩序と均衡の美学を喪失する。不安と葛藤と矛盾の中で16世紀人は「危機の芸術様式」を創造する。古典主義的価値をもつ美術史により退廃と衰退のレッテルを貼られてきたこの時代の芸術の創造に光を当て、現代におけるマニエリスムの復権を試みた先駆的な書。
目次
序章 寓意の勝利
第1章 「愛」の寓意について(新プラトン主義の愛の理論;新プラトン主義的「愛」の二つの形式;ブロンズィーノの「愛の寓意」;「愛」を滅ぼす「時」;「時」と「永遠」)
第2章 プシコマキア―内面の葛藤(美徳と悪徳のたたかい;十六世紀の人体比例論;囚われた体;歪んだ鏡;ずれた消失点)
第3章 マニエリストの宇宙(火と水と土と空気の織りなす世界;ミクロコスモス;大地と空の夢想;水と火の想像力)
終章 万物の変貌
著者等紹介
若桑みどり[ワカクワミドリ]
1935年、東京生まれ。東京芸術大学美術学部芸術学科専攻科修了。1962~64年、イタリア政府給費留学生としてローマに留学。千葉大学教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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コットン
67
マニエリスムの第一人者による解説で難しい部分もあるが、図を入れながら論点を上手く解き明かしてくれる。マニエリスムは人体を正確に描く事を会得した後、情感の表現に重きを置いていっているようだ。具体的には体の指や首の異様な長さや人体のひねり、凸レンズのような構図、時が止まったような描き方、ずれた消失点など。マニエリスム絵画の鑑賞を総合的に理解する助けになる著作です。2023/08/27
蛸
20
16世紀は、レオナルドやミケランジェロに代表される古典主義の後の時代。この時代の芸術家たちは偉大なる「先例」が世の中に溢れているという状態で制作を行わなければならなかった。既に存在する表現から構成されており引用と寓意に満ちた、「芸術から生み出された芸術」は近親相姦の果てに生まれた奇形児のような歪さを持っているが、その綺想ゆえに評価が遅れたらしい。本書は日本におけるマニエリスム研究の嚆矢であるらしいが、今尚とても重要な文献だと思う。2019/03/28
A.T
18
中世的教会のヒエラルキーと、アリストテレスをはじめとする古典的神学の体系が融合した世界観の体制と、新興勢力の宗教改革的教会との軋轢のなかローマ、フィレンツエの芸術世界はめまぐるしく変化した。自然を手本とした初期ルネサンスから、ルネサンス後期を経て、イコノロジーを駆使するマニエリスムへ1400年代から1600年代初頭まで。ざっくり言うとミケランジェロ以前と以後とに区分される。その極まりが、フィレンツエのパラッツォ・ベッキオの500人の大広間と、秘密の小部屋ストゥディオーロだ。まるでスパイ映画の仕掛け部屋。2018/03/18
∃.狂茶党
15
マニエリスムという言葉がほとんど日本に知られていない頃に書かれたマニエリスム入門書。 高度の技法と寓意の組み合わせは、装飾的であり、カトリックの神学体制に生じたひび割れのようなものである。 象徴の数々は錬金術的な魔術の体系と結びつき、古代の神話を呼び覚ます。 それは反宗教改革の波に押しやられるものであり、奇妙な生命感に溢れたもの、生命を、魔術的な化学で読み解き、配置するようなものでもあった。 蛇や炎の波打つ動きは生命のちからであり、人体もまた、雲のように渦巻き変化する。 2022/09/18
chang_ume
12
16世紀末、イタリア芸術はなぜ奇妙な「ねじれ」をもつのか。「根本的に象徴主義的な芸術様式」であるマニエリスムを、様式の特徴と時代精神から描き出す大著。アリストテレス的世界観の延長にある古典主義とは全く異なる「流動的な世界観」について、錬金術を含む「万物の変貌」が通底する時代精神として見出す作業は、「ストゥディオーロ」(ヴェッキオ宮)のアレゴリー解釈を通じて、さらにグロテスク文様に行き着く。ルネサンス後、バロック前、そして啓蒙前夜。世界をみるまなざしに別の可能性があったことを知った。2021/04/29