内容説明
一合の酒と一冊の本があれば、それが最高の贅沢。そんな父が、ある夏の終わりに脳の出血のため入院した。混濁してゆく意識、肺炎の併発、抗生物質の投与、そして在宅看護。病床の父を見守りながら、息子は無数の記憶を掘り起こし、その無名の人生の軌跡を辿る―。生きて死ぬことの厳粛な営みを、静謐な筆致で描ききった沢木作品の到達点。
著者等紹介
沢木耕太郎[サワキコウタロウ]
1947年東京都生まれ。横浜国立大学卒。独自の手法と文体で数々の作品を生み出し、ノンフィクションの世界を広げたといわれる。大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『テロルの決算』などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
じいじ
107
「無名の人の無名の人生だったが…、すこし長く生きすぎてしまったかもしれない…」主人公の父親が、家族に米寿を祝ってもらった際の言葉である。私は読みながら、この父親がどんどん好きになった。飾らない、気取らない、粋がらない、自分に正直に生きてきた、その人柄に…。読み終えて、人の「運命」ついて考えさせられた。人の死には人それぞれに、もって生まれた潮時があるのかもしれない、と思った。もう一度、こころ静かに読み返してみたい本である。2021/07/12
ふう
99
抑えられた文章ですが、作者の父親への思いが深く静かに伝わってきて、読んでいる間も読んだ後も胸の中にこみ上げてくるものがありました。タイトルの通り、ほとんどの人々は「無名」に生き、無名に死んでいきます。でも、それは何もなさなかったということではありません。家族や社会のためにせいいっぱい生きてきた親は、社会的には無名でも、子どもにとってはかけがえのない大きな存在です。その親を送った悲しみと、何か大切なものを受け取ったという思いが、このタイトルだからこそ余計に強く伝わってきました。2017/01/13
ふじさん
94
再読。最初に読んだのは、自分の父親が亡くなり、その数年後のことだった。自分の父親と沢木の父親のおもかげが重なるところがあり、共感して読んだ記憶がある。息子にとって父親は特別な存在であり、意外と知らないことが多いものだ。沢木が父が残した俳句を句集にする作業は、まさに父親の追想だったのかもしれない。自分の父親の死と正面から向き合い、父親の最後を看取った、作者の一つの到達点の作品だ。2021/07/01
kinkin
70
入院そして亡くなるまでを見続ける著者。亡き父の俳句を選び一冊の本にするまでが描かれている。著者とその父との関係は、私にも一部通じたことで共感できた。私の父も入退院を繰り返し、うちに帰りたいともらしていたが結果肺炎で死んだ。生前から短歌を詠んでいたのは知っていたが本書に出てくるように新聞広告で作ったメモの裏に書かれた歌を見たとき難しい文章ながらどういう意味なのか調べたことがある。戦時中に頭から押さえつけられ反抗は許されない世代だからこそ静かに自分という人間を主張していたのかもしれない。静かに沁みる本。2015/02/17
再び読書
68
沢木耕太郎氏の父を看取る過程の中で、無名に殉じた父への思いを綴ったと思われる本。彼の深夜特急で、学生時代にバックパッカーに憧れ、まだ見ぬシルクロードに思いを寄せた昔が思い出させる。彼の文章には直接訴えかけるエネルギーが感じられないのに、静かにひしひしと何かが心に伝わってくる。文章にはこだわりがあるのが、感じられ書評では少しその特徴より、小難しさが邪魔をする。しかし、ぼくらの時代で、しっかりと二等星の様な着実な輝きを感じさせてくれた作家と思う。そのルーツはこの本の主人公である無名に拘った父から受け継いだ。2017/11/28