中公文庫<br> 渋江抽斎

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中公文庫
渋江抽斎

  • 森 鴎外【著】
  • 価格 ¥924(本体¥840)
  • 中央公論新社(1988/11発売)
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  • サイズ 文庫判/ページ数 380p/高さ 15cm
  • 商品コード 9784122015630
  • Cコード C1195

出版社内容情報

推理小説を読む面白さ、鴎外文学の白眉。弘前津軽家の医官の伝記を調べ、その追求過程を作中に織り込んで伝記文学に新手法を開く。〈解説〉佐伯彰一

内容説明

明治維新前後の転変が、一家一族の上に及ぼした影響も描かれて、総体として、行きとどいた家族年代記、もしくは時代的展望を内にふくむ屈曲に富むグループ・バイオグラフィ。つまり、一個人の生涯と業績という枠をはるかに踏みこえた、いわば大河伝記の試みであり、この点での『渋江抽斎』のユニークさと斬新さは、今日の時点から改めて大きく積極的に再評価されるに足る。

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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

Gotoran

63
鴎外史伝物代表作。江戸後期、弘前の医官で考証学者であった『渋江抽斎』。「武鑑」収集の途上で抽斎という名に邂逅し、その事跡から交友関係、趣味、性格、家庭生活、子孫、親戚に至るまで、詳細に調べ上げ、克明に描き出す。淡々と無駄のない叙事的な文章ではあるが、抽斎への熱い思いが窺い知れる。抽斎没後の妻五百の良妻賢母振りが印象深かった。文人で医者かつ役人であった鴎外、抽斎も同じような境遇の人物であったからこそ、思い入れも強く、このように詳細かつ克明な記述になったのではないかと感じた。2017/02/01

i-miya

59
2014.01.13(01/01)(つづき)森鴎外著。 01/13 (p032) 辰盛は通称他人(たひと)、医を今大路侍従道三玄淵に学ぶ。 江戸で元禄十七年、津軽越中守信政に仕える。 師の道三は故土佐守信義の五女を娶り、信政の姉婿になっていた。 辰盛は宝永三年、信政に従い津軽へ行った。 宝永四年、辰盛、知行二百石。 そのうち津軽家は土佐守信寿(のぶしげ)の世となる、 辰盛は七十一歳で逝去、享保十七年。    2014/01/13

i-miya

47
2014.03.02(02/01)(つづき)森鴎外著。 02/28 (P033) 輔之(ほし)に女(むすめ)一人、登勢。 そこで、病革(すみや)かなるとき、信濃の某(なにがし)の子を養って嗣(あとつぎ)とし、これを登勢に配した。 このとき、登勢は10歳、名のみの夫婦である。 この女婿が為隣(いりん)、抽斎の曽祖父である。 為隣は、寛保元年正月、家を継ぎ、二月、通称の玄春を、二世玄瑳と改め、翌年七月、死亡。 あとに十二歳、登勢が残るのみ、となった。  2014/03/02

i-miya

47
2013.12.01(12/01)(つづき)森鴎外著。 12/01 (p031) 渋江氏の祖先、下野大田原家の家臣であった。 抽斎六世の祖を渋江小左衛門辰勝(しんしょう)という。 大田原、二代に仕え正徳元年(1711)死亡。 その嫡子重光が継ぎ、大田原に仕えた。 次男は、去り、大村家(肥前)に仕えた、三男は奥州津軽家に仕えた。 四男は、兵学者。 大村には、次男勝重が行く前に源頼朝の時代から続く渋江公業に子孫がある。三男辰盛が抽斎五世の祖である。  2013/12/01

i-miya

42
2013.05.13(つづき)森鴎外著。 2013.05.13 その五. 渋江道純という名前、わたくしの度々見た弘前医官渋江氏蔵書記の朱印がこの写本にもある。 弘前の渋江なら『経籍訪古誌』を書いた人だ。 抽斎と同一時人物かはしらない。 飯田巽という人が交わった可能性がある-東京の人。 郷土史家としての渋江氏は、外崎覚という人が知っているかもしれない。 佐藤弥六さんも。 飯田巽さんを訪ねた。 渋江道純さんを知っている。 本所御台所町に住んでいた。 2013/05/13

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