内容説明
奇しくもおなじ1903年生まれの森茉莉とアナイス・ニン。今年は、茉莉没後10年、アナイス没後20年にあたる。ファーザー・コンプレックスの陽画と陰画である二人を通して、「不滅の少女」の原像をさぐる。
目次
鴎外の娘
至福の晩年
その「微笑ひ」をこそ
「蜜の文学」の成立
犀星と茉莉
茉莉さんの常食・茉莉さんの写真
卯歳の娘たち
対談 父と娘の深い恋愛
モイラとアナイス
「神」としての日記〔ほか〕
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
yn1951jp
40
「家父長的=男性的原理の専横によくぞ拮抗しうるものは、少女をおいてほかにはない」二人の「神にも紛う父の愛でし娘」、森茉莉には黄金の幼年時代『甘い蜜の部屋』があり、アナイスには真の神である「日記」があった。性別の彼方の無辺際に漂う尾崎翠、女性の魂そのものをペルソナから解き放とうとした野溝七生子、そして、すべてに自ら別れを告げた「反少女」矢川。「不滅の少女/老女たち」の変幻自在は、風のなせるわざ?風土もしくは血のなせるわざ?彼女たちは、今も海の上に浮かぶそれぞれの街でたった一人で淡々と暮らしているのだろう。2015/07/17
安南
19
奇しくもこの二人は1903年に産まれた、同い年の作家。森茉莉は父に溺愛されて、まるで近親相姦を匂わせるような『甘い蜜の部屋』を書き。一方アナイス ニンは身勝手な父に捨てられたことによるトラウマを、後に実際に父親と愛人関係を結ぶことで克服したその過程を『インセスト』に書き記している。まさに表裏のファザーコンプレックスといってもいいこの二人を並べて論じるのは新鮮な試みだ。でも、この興味深い試みも結局着地点を見つけられず曖昧に終わっている。2013/04/28
Yukiko
6
森茉莉の分析が特に面白かった。父に恵まれた娘。でも、父との別れがあまりに唐突だったから「甘い蜜の部屋」を書いたのかもしれない。幸福な少女は小説を書く必要がない。矢川澄子さんは、なぜ自殺したのだろう。どこかで、矢川澄子さんは不幸な女だったかもしれないが、幸せな少女だったという趣旨の言葉を読んだと思うのだけれど、これを読んで、幸せな少女はこんな仕事をしない、父の「微笑い」を探していたに違いないと思ってしまった。2013/07/01
まどの一哉
2
森茉莉が好きで読み始めたが、恥ずかしながら著者矢川澄子のことをよく知らず、その知性あふれる格調高い文章に驚いた。短いものでも脳内に電流が走る思いだ。2024/07/09
takao
1
ふむ2024/09/21