内容説明
友人が贈ってくれた一冊の本に誘われて、私はヴェネツィアのゲットへ向かった。受難の歴史に思いを馳せ、運河に架けられた小さな橋を渡ると、大阪で過した幼年時代の記憶やミラノで共に生きた若い仲間たちの姿が甦る―。イタリアを愛し、書物を愛した著者が、水の都に深く刻まれた記憶の旅へと読者をいざなう表題作の他、ヴェネツィア娼婦の歴史をめぐる「ザッテレの河岸で」を併録。
目次
地図のない道(ゲットの広場;橋;島)
ザッテレの河岸で
著者等紹介
須賀敦子[スガアツコ]
1929(昭和4)年兵庫県生れ。聖心女子大学卒業後、パリ、ローマに留学。’61年、ミラノで結婚、日本文学の翻訳・紹介に努める。夫の死後帰国し、上智大学等で教鞭をとる。’90(平成2)年に初めて発表した作品集『ミラノ霧の風景』が女流文学賞、講談社エッセイ賞を受賞。’98年3月没
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
1 ~ 1件/全1件
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ケイ
115
彼女には思い出ばかりがふんだんにあるように思う。現在形のところでさえ、過去が鉤爪を引っ掛け付いてきて、今を一緒に見ているような感覚。この本はヴェネツィアが中心。曽根崎心中、それに『心中天網島』と大阪の橋の語りは興味深かった。それぞれの橋をよく知っているから橋から橋へと彷徨う男と女の様子が生々しく浮かぶ。文楽、見なくちゃね。せっかく、生き残って、近くにあるのだもの。2023/09/05
aika
58
静かに、船を漕ぐようにして語られる、その目と耳でふれたゲットーそしてユダヤの友人の記憶。大切な人が次々と喪われていく、きっとご自身が一番苦しかった時期と交錯するからこそ、沈みこむような悲しみが深く感じられます。ヴェネチアの大聖堂の暗がりでひとり思い起こす、おなじみのダヴィデが張り切る結婚式。微笑ましいふくれっ面の須賀さんの姿をまとう、ユダヤの血をひく友の苦節に胸がつまります。最後にザッテレの河岸で、身を売り病に倒れ収容された女性達と、そこに立つ須賀さんに重なって見えた美しい景色と救いに慰められました。2019/09/17
aika
52
ヴェネツィアの陰にひっそりと存在したゲットーそして娼婦の歴史を起点に、まるで張り巡らされた水路のように次々と呼び起こされていく友人たちや亡き祖母の記憶の傍らに、しばし佇んでしまいました。ダヴィデが仕切った結婚式にふくれっ面の須賀さんと、それを笑うペッピーノの回想には、いつ読んでも温かい気持ちになります。「ここに、じっとしていれば、じっと待っていれば、いいんだ。」すべてが自分の前を過ぎ去ってしまった、生涯できっと一番辛かったはずの時期の自身に、まるで後年の須賀さんが励ましを送っているかのように感じました。2020/10/19
HoneyBear
38
丁寧で洗練されたエッセイ集。ドラマ仕立ての大袈裟な言い回しがない反面、ドライではない。淡々と心情の変化を綴りながら機微をうがつ文章の数々。ただ、個人的にはもう少しドラマに富んだ紀行文を期待していたので、少し拍子抜けした感も。(高級娼婦の話など十分に面白い歴史逸話なのだが、かなり抑えて書かれている。)「地図のない道」というタイトルに反してしまうかも知れないが、ヴェネツィアの(島々の)市街図が挿入されているともっと旅の雰囲気を共有できたように思う。2014/12/29
うりぼう
38
松丸本舗で購入。小川玲子BSEの勝負本。全く知らない著者だったが、陽気なイタリアとは、違った姿に目を洗われる。それは、著者の心の顕れでもある。イタリアにもゲットーがあり、その住人は、異人を信じない。アンネの日記そのものがそこにある。水路の先にある病院がリオ・デリ・インクラビリ、そこは姥捨て山のよう。コルティジャーネに拘り、歴史に名を留めない女性たちにこころを奪われる。彼女は丹念にヴェネツィアを歩く、朝夕、対岸の鐘楼の音を聞きながら、いつか訪れる救いの時を想い拝み見た病人達、娼婦達の神に慰められる。 2012/07/30