内容説明
吉祥天のような貌と、獰猛酷薄を併せ持つ祖母は、闇の高利貸しだった。陰気な癇癪持ちで、没落した家を背負わされた父は、発狂した。銀の匙を堅く銜えた塩壺を、執拗に打砕いていた叔父は、首を縊った。そして私は、所詮叛逆でしかないと知りつつ、私小説という名の悪事を生きようと思った。―反時代的毒虫が二十余年にわたり書き継いだ、生前の遺稿6篇。第6回三島由紀夫文学賞。芸術選奨文部大臣新人賞。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
James Hayashi
31
芸術選奨文部大臣新人賞、三島由紀夫賞受賞作。ノスタルジックな戦後の昭和を感じる。 「なんまんだあ絵」は新潮新人賞候補、「萬蔵の場合」は芥川賞候補作にもなった。昭和20年の生まれなので青春期は日本の成長期であり景気のいい話が聞こえてきそうであるが、それが全くない。このどんよりした生き様は日本人の心底に眠る業もしくは闇を書き表すしているのか?著者の表す負のイメージは、途轍もなく巧妙で自分に響いた。2017/06/18
三柴ゆよし
29
再読。最初期に書かれた十数頁に短篇「なんまんだあ絵」からしてえげつない傑作。無駄なく配置された舞台装置が絶妙な効果を生み出し、最後には、あッという結末が待ち受けている。シーンの切り取り方もまた上手い。ひょっとしてこれは、播州弁でチェーホフをやっているのではなかろうか。やや長い「萬蔵の場合」「吃りの父が歌った軍歌」「鹽壺の匙」では、すでにして後年の車谷節が確立されつつありおどろかされるが、今回読み直して気付いたのは、作中でトピックを構成する文章の並びに決まった型、あるいは時制(テンス)の流れが存在すること。2020/05/14
やまはるか
26
作者あとがきに「心にあるむごさを感じつづけてきた。にも拘わらず書き続けて来たのは、書くことが私にはただ一つの救いであったからである。凡て生前の遺稿として書いた。書くことはまた一つの狂気である」と。生前の遺稿6篇、どの物語にも狂気が含まれていて気が抜けない。「萬蔵の場合」は狂気を孕んでいるのが付き合っている女であるため少し楽に読める。裏カバーに「父は発狂し、伯父は首を縊った。そして私は反逆でしかないと知りつつ小説という名の悪事を生きようと思った。」と綴っている。先にこれを読んで覚悟して掛かるべき。2023/12/28
たまきら
21
久々に手にした。負け犬の人生。ひっそりと、誰かが目を向けるのを待っている。そして手を差し伸べられたら、うなって。触られたら噛みついて。車谷さんの言葉は一つ一つから何かがしみだしてくる。長いこと日に当たらず、コケやカビに覆われたものの下に潜むなにか、のような。けれど、この人の言葉は私の心をつかんで離さない。先ほどふと気になってググってみた。盗作疑いなどのごたごたもあって近況を知らなかったので、新作を探したくなったのだ。なんと去年亡くなっていたとは…。合掌。2016/10/19
ぼぶたろう
18
私小説。車谷先生の描く、暗くて沼の底を泥を呑みながら這い蹲って生きているという世界観が、なんだか妙に好きなんだなぁ。その根元に触れているような作品でした。純文学的なのにするする読めてしまう文体は本当に不思議な感覚です。いつも車谷先生の作品を寝る前に読むと、怖い夢見ちゃう…笑2019/01/25