内容説明
廃航せまる青函連絡船の客室係を辞め、函館で刑務所看守の職を得た私の前に、あいつは現れた。少年の日、優等生の仮面の下で、残酷に私を苦しめ続けたあいつが。傷害罪で銀行員の将来を棒にふった受刑者となって。そして今、監視する私と監視されるあいつは、船舶訓練の実習に出るところだ。光を食べて黒々とうねる、生命体のような海へ…。海峡に揺らめく人生の暗流。芥川賞受賞。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
おしゃべりメガネ
178
う〜ん…、やっぱり「芥川賞」受賞作品なので、どこをどうとっても当たり前ですが見事?な芥川賞カラーがしっかりと出ています。純文学というジャンルというのか、その世界観は十二分に楽しめました。この読メにて知った作品でしたが、読んで良かった、悪かったとかではなく、こういう作品の雰囲気、文体や文章の流れを味わうべき時間なんでしょうね。なかなか他の作品や作家さんでは味わうことのない読書時間だったかなと。頁数は決して多くないですが、読み終えたあとの感覚はなんとも言い様のない不思議な虚無感みたいなものに占有されますね。2017/06/12
ヴェネツィア
172
1996年下半期芥川賞受賞作。暗く硬質な抒情が、一貫してこの小説の通奏低音として流れている。そもそも小説世界そのものが狭く、きわめて閉鎖的だ。物語の舞台に選ばれているのは函館なのだが、そこで描かれるのはエキゾティックなトーンを持った街ではなく、あくまでも狭い砂洲の街である。しかも、さらに閉塞状況を高めているのは、少年刑務所こそが小説の主たる舞台であるからだ。しかも、主人公の斉藤は2重の意味での過去に囚われており、そこから抜け出すことができない。辻仁成の小説から1作を選ぶなら、今のところはこの作品だろう。2013/07/04
遥かなる想い
146
本書を最初に文芸春秋で読んだ時に、その底知れぬ暗さに息を呑むように 一気に読み終えたのを、昨日のことのように覚えている。「私」の前に現れた一人の受刑者。その彼が、子供のころ「私」を標的にして執拗に繰り返されたいじめの煽動者だった…人間の奥底に潜む闇のようなものを描き切るという、作者の才能のようなものを感じさせられた作品。 2010/05/19
hit4papa
86
函館の刑務所の刑務官に転職した主人公。ある日、少年の頃、主人公へ執拗にいじめを繰り返していた男が入所してくる。主人公は、過去の苦い思い出を振り返りつつ、男から目が離せなって…。表面上は良い子でありながら、弱者への冷酷ないじめの主導をするシーンが時折り挿入されます。立場が逆転した今であっても、主人公は精神的な呪縛から逃れられません。この鬱屈した感情表現が巧みです。模範囚となるも、徐々に刑務所内で弱者へのいじめを始める男。主人公は変わらぬ性質に不安を募らせる…と続きます。ラストの男が発する言葉が衝撃的です。2023/03/07
みっぴー
67
芥川賞。いじめられっ子だった斉藤刑務官、いじめっ子だった花田服役囚。二人の立場が逆転し、ほの暗い優越感に浸る斉藤刑務官。しかし、圧倒的有利にもかかわらず、花田の支配から抜け出せない。表では真面目な模範囚としてふるまうが、裏では服役囚をまとめあげ、支配する花田。立場が変わっても、植え付けられたコンプレックスや劣等感は拭えず、逆に泥沼化。斉藤刑務官のすさんでいく精神の描写が生々しく、自分まで息苦しくなりました。斉藤刑務官にとって、花田はきっと刑務所の壁のような存在だったのだろう。2017/10/19