内容説明
渡辺儀助、75歳。大学教授の職を辞して10年。愛妻にも先立たれ、余生を勘定しつつ、ひとり悠々自適の生活を営んでいる。料理にこだわり、晩酌を楽しみ、ときには酒場にも足を運ぶ。年下の友人とは疎遠になりつつあり、好意を寄せる昔の教え子、鷹司靖子はなかなかやって来ない。やがて脳髄に敵が宿る。恍惚の予感が彼を脅かす。春になればまた皆に逢えるだろう…。哀切の傑作長編小説。
著者等紹介
筒井康隆[ツツイヤスタカ]
1934(昭和9)年、大阪市生れ。同志社大学卒。’60年、弟3人とSF同人誌“NULL”を創刊。’65年、処女作品集『東海道戦争』を刊行。’81年、『虚人たち』で泉鏡花文学賞、’87年、『夢の木坂分岐点』で谷崎潤一郎賞、’89(平成元)年、「ヨッパ谷への降下」で川端康成文学賞、’92年、『朝のガスパール』で日本SF大賞をそれぞれ受賞。’97年、パゾリーニ賞受賞。2000年、『わたしのグランパ』で読売文学賞を受賞。’02年、紫綬褒章受章。’10年、菊池寛賞受賞。’17年、『モナドの領域』で毎日芸術賞を受賞。著書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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優希
84
老人文学としてジャンルが確立されていると思いました。一人暮らしの老人・儀助の日常が淡々と語られていくうちに、何者か分からない「敵」が現れる。何が幻で何が現実かが分からなくなる世界観が老いというものかとぼんやり考えさせられます。細かい日常を軸に、物語が展開していくにつれ、「死というものが見えるようでした。ナンセンスながらも物哀しさが流れているのを感じます。意識の深層にあるものが残酷に炙り出された作品だと思いました。2016/01/27
そうたそ
33
★★★☆☆ 静かなる老人文学というところか。仕事も退職し、妻にも先立たれ、独り身で悠々自適の余生をおくる老人渡辺儀助の日常が淡々と描かれる。注目すべきはその日常における細部まで徹底した描写が貫かれているところである。現実が非現実へと向かっていく様は死へ近づいている風も思わせられる。夢の描写が多くなるあたり、「夢の坂分岐点」辺りから夢への興味を作品に反映してきた傾向が断筆宣言解除後のこの作品にも残っているように思う。淡々とした描写が続くが、不思議と飽きずに読み進められるのはさすがの筆力であろう。2017/11/06
たま
26
一人暮らしの老人の日常を細部まで描写することから始まっているのですが、擬音が当て字表記になっているところが既にこちらを心許ない気持ちにさせてきます。そうしているうちに老人の意識と無意識の境界線が曖昧になっていき、書かれていることは過去に本当にあったのかそれとも彼の夢または幻なのかが少しずつ分からなくなっていく不安感をこちらも感じますが、もしかしたらこの感覚が"老い"、"耄碌"なのかもしれないと思いました。果たしてこれは老いが人に与える幸せなのか哀しみなのか…ということを考えさせられた良い老人文学でした。2014/11/07
吾亦紅
16
元大学教授儀助の悠々自適な毎日。自律したスタイルがありながらも贅沢も忘れない。そんな生活スタイルの仔細な描写で始まるが、半分を過ぎたあたりから夢の描写が多くなる。次第に夢とうつつがないまぜになってゆく。境界線もわからなくなっていく。「敵」とはなんだろう。「死」ではなく、自分の頭の中の崩壊なのだろうか。でも儀助は明晰な頭でこう言っていた。「酔っぱらったままで眠りその夢の中に死ぬことが実に素晴らしいことと思えるのだ」と。最後の章、首を45度に傾けて春雨の音に耳を傾ける姿は一幅の絵になる景色だと思った。2019/01/31
やまはるか
11
老後生活を表す朝食、老臭、預貯金などのテーマが、1章6、7ページで随筆風にまとめられている。知らず知らず作家の術中に嵌まって老後の暮らしを綴った日記のように読んでいる。一人暮らし故に夢と現が混じりあったり、仮想現実のような世界に引き込まれたり。20年前に亡くなった妻は何時までも儀助の身近にあって霞んでおらず、元教え子や懇意にする店員など生身の女性にひけを取らない。年金暮しで3千万の預貯金が無くなった時に自裁を計画するのは作家の経済観念のなせるところか。計画的に暮らせば経済破綻は避けられそうだが。2021/03/19