内容説明
百年近く生きたお祖母ちゃんの死とともに、その魂を受け継ぎ、「救い主」とみなされた新しいギー兄さんは、森に残る伝承の世界を次々と蘇らせた。だが彼の癒しの業は村人達から偽物と糾弾される。女性へと「転換」した両性具有の私は彼を支え、その一部始終を書き綴っていく…。常に現代文学の最前線を拓く作者が、故郷四国の村を舞台に魂救済の根本問題を描き尽くした長編三部作。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
267
全3巻、トータルでは983頁に及ぶドストエフスキーなみの大作。まずは第1巻を読了。転換したサッチャンによる「如是我聞」という方法での―すなわち、彼女が聞いた限りではという形をとることでリアリティを確保しながら―1人称で語られるギー兄さん=「救い主」の物語。四国の辺境のきわめて限定された地域に残る伝承を背景にしながら、その世界観は無限の彼方までも拡がってゆく壮大な物語。久しぶりに大江文学を堪能したという感じだ。あるいは、これこそが大江だ。これほどの20世紀文学を大江と共有できたことの幸せを噛みしめたい。2012/12/21
かみぶくろ
88
この作家の作品はあまりに底が見えなすぎて手に取るまで時間が掛かるが、読み始めてしまえば案外するすると読める。四国の山奥の集落における神話的物語で、虚実ないまぜなのもいつも通りだが、その複雑な手法や構成と、織り込まれすぎなモチーフと、人間の救済というテーマの壮大さに、良い感じの目眩を味わえる。すごいものを読んでいるという確かな実感とともに、次巻へ。2019/10/13
燃えつきた棒
55
三十年ぶりの大江だ。 説明的な描写が、あまりにも多過ぎて驚いた。 それによって、やや晦渋さを醸し出してさえいる。 もう、すっかり慣れているはずの作家の文体に、思いがけず違和感を感じた。 途中まで読み進めると、第一部の表題の「救い主」といい、まだ詳しくは語られていない「ギー兄さん」の伝説や「新しいギー兄さん」の神がかった言動といい、大江はなんだか、高橋和巳の「邪宗門」のような物語を書こうとしているような気がしてきた。 2019/09/07
メタボン
31
☆☆☆☆ 森の伝説の語り主である「オーバー」の死、森の中への埋葬、かりそめの火葬の際にギー兄さんを鷹が襲う。果たしてギー兄さんのヒーリングパワーは有りや無しや。癌に侵された子供の死をきっかけに、村人達から殴られる救い主としてのギー兄さん。そして両性具有のサッチャンとの奇蹟的な性交を経て、イエーツのメタファーである「燃えあがる緑の木」の教会を立ち上げることとなる。冗長に感じられる部分もあったが、心に響く名文も多かった。第二部へ突入。2023/02/28
ちぇけら
30
「永遠と対抗しうるのは、じつは瞬間じゃないか?」「救い主」=あらたなギー兄さんによって語られたこの言葉が、物語という世界に圧倒的な広さを与え、ギー兄さんによって焼きなおされた森の伝承の数々が、物語を流れる時間軸に莫大な幅を与えたように感じる。それは眩暈のするほどに壮観であり圧巻だ。第一部は、「救い主」が糾弾され「殴られ」た、閉鎖的かつ擬祭的な場面で幕を閉じるが、折り重なる〈メタファー〉が第二部に向けて分岐と示唆を残している。「性ノ三位一体」が実現した、祭の終わりのような昂奮の残滓が漂うまま、第二部へ。2019/11/17