内容説明
平穏な日々の内に次第に瀰漫する倦怠と無力感。そこから脱け出ようとしながら、ふと呟かれた死という言葉の奇妙な熱っぽさの中で、集団自殺を企てる少年たち。その無動機の遊戯性に裏づけられた死を、冷徹かつ即物的手法で、詩的美に昇華した太宰賞受賞の表題作。他に『鉄橋』『少女架刑』など、しなやかなロマンティシズムとそれを突き破る堅固な現実との出会いに結実した佳品全6編。
著者等紹介
吉村昭[ヨシムラアキラ]
1927‐2006。東京・日暮里生れ。学習院大学中退。1966(昭和41)年『星への旅』で太宰治賞を受賞。同年発表の『戦鑑武蔵』で記録文学に新境地を拓き、同作品や『関東大震災』などにより、’73年菊池寛賞を受賞。以来、現場、証言、史料を周到に取材し、緻密に構成した多彩な記録文学、歴史文学の長編作品を次々に発表した。主な作品に『ふぉん・しぃほるとの娘』(吉川英治文学賞)、『冷い夏、熱い夏』(毎日芸術賞)、『破獄』(読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞)、『天狗争乱』(大佛次郎賞)等がある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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やすらぎ🍀
233
罪の意識なくただ駆けた。過ぎた静寂は一層深くなり星の数だけ無言の思いが聴こえてくる。雫を見失うほど昼間の雨音に満ち、細い流れが瑞々しく消えた。さよなら。意識は痙攣した。森閑とした和らぎの霧が体内に広がっていく。気づけば草の青さも炎のような枯葉さえ去っていた。星の光さえも。これが本当の静寂というものか。寂寥感がなぜか安らぎを生み崩れ去っていく。今日も無数に煌めいている。輝きを失った冷たい星がそこにあることを知らずに私たちは空を見上げている。自然の流れに抗えないほど濃い闇の中に、夜色残る瞬きが東の空に見えた。2022/11/08
風眠
132
淡々とした清冽な筆致であるせいなのか、「死」という取り返しのつかないことを描いているのに、どこかロマンチックな雰囲気の短篇集。特に表題作の「死」は、ロマンチックでありながら、残酷なまでに無造作でもある。特に動機もないまま、死に場所を求めてさすらう若者たち。そして、海辺の断崖から一斉に身を投げ、集団自殺をとげる。その過程で、メンバーの一人が「死にたくないかも」と気が変わる。けれど変なプライドが働いて後に引けずに死んでしまう。死ぬ側にとっては美化された死でも、死は、死だ。読後、その事実が頭から離れなかった。2018/02/21
yumimiy
93
多種多様な死を表現した6話の短編集。先月「破船」を読み凄い小説だと感動したが本書も凄い。1話の「鉄橋」は冒頭から私の脳内に井上尚弥選手が現れスパーリングを始めジャブの連打をくらう、脳が痺れラストやめてくれー叫びながらdown。2話「少女架刑」これは乙一のデビュー作と同じ視点。16歳で死んだ少女が淡々と過去を回想する。遺体は業者に3千円で売られ解体されてゆく様を死体目線で解説。遺骨は合同納骨堂へ、やっと静かに眠れると思ったのに…。5話「星への旅」死にたいの?死にたくないの?分からないから取り敢えず死でみる。2022/09/18
なる
82
歴史小説かつノンフィクション小説の大家だそうで、あまりそのジャンルの作品に縁がなく触れる機会がなかったのだけれど、太宰治賞を受賞した本作を拝読して衝撃を受ける。今まで知らなかったのを後悔した。表題作は集団自殺をするために旅を続ける若者たちの無機質な空虚、短絡的な失望、適当な成り行き心理の支配力を巧みに描いている。道中で新たな同行者が合流し、各々に先に目的を達成する様を見送りながら、漠然とした目的の場所へと向かって進むトラック。その奇妙な旅はけれどある種、魅力的でもあり、とても危ない。2021/07/17
カナン
70
きらきらとした星に焦がれる話かと思えば、認め刻み付けられたのは圧倒的な濃い死の匂い。集団自殺、解剖、心中、あらゆる角度から描かれた死。その姿は宛ら有機質の宝石にも似た拒絶を漂わせる美を抱きながら、微かに心の残骸を絡まらせたままだった。特に「少女架刑」と「透明標本」は美しい対を成して、死後「本人」が見る前で剥がれていく肉片も、切り取られたあえかな胸も内臓も、その奥に浮かび上がる皓い骨も、真珠のようにすべらかなまま透明になっていく描写に嗜虐的な美しさを見た。晴れやかな絶望の美学が見事にこの一冊に息衝いている。2019/11/23