出版社内容情報
写真撮影、講演、原稿持込、吾輩ハ不機嫌デアル!? 晩年の日常が綴られた随筆39編。
硝子戸の中から外を見渡しても、霜除けをした芭蕉だの、直立した電信柱だののほか、これといって数えたてるほどのものはほとんど視野に入ってこない――。宿痾の胃潰瘍に悩みつつ次々と名作を世に送りだしていた漱石が、終日書斎の硝子戸の中に坐し、頭の動くまま気分の変るまま、静かに人生と社会を語った随想集。著者の哲学と人格が深く織りこまれている。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ケイ
169
漱石忌。芥川龍之介『年末の一日』に「硝子戸」という言葉を見つけ、漱石の作品に関係あるのかと気になっていた。最初の注釈に小躍りする。硝子戸の中とは漱石山房の書斎だった。そこで書いた回想録。今年2017年秋、山房のあった場所に記念館ができ、書斎や硝子戸に続く渡り廊下は再現され、そこから見える庭に芭蕉が沢山植えられていた。本の最初に、漱石が「硝子戸の中から外を見渡すと、霜除をした芭蕉だの」と書いてあるように。最後に漱石は硝子戸を開け、春の日差しを浴びながら渡り廊下で昼寝をする。ネコのように丸まっているのかなぁ。2017/12/09
まさにい
152
漱石の随筆は面白い。漱石、文豪と言われるが、『江戸っ子』だったんだね。僕も江戸っ子だから解るのだが、一番『江戸っ子』らしさを感じるところが、講演をした後の、報酬を受け取らないところ。『私は自分の職業以外のことは、なるべく好意的に人のために働こうと思う、金など受け取ると、人のために働いたことが無になる。』と言って報酬を受け取らない漱石がいる。分かるなぁ、その気持ち。『人は潔くなければいけない』子供の頃爺さんからよく言われたことを思い出した。2016/11/11
のっち♬
146
『こゝろ』と『道草』の間に執筆された随筆39章。厚かましく押し寄せるファンに悩む晩年の文豪。『坑夫』などの好例はあれど、年に一月も胃病で伏せっていたら付き合い方も見直さなければ日常が成り立たない。こうして彼は次第に自らの育ちへ回帰してゆく。アイデンティティ形成の本質を追求した彼は「ばかで人にだまされるか、あるいは疑い深くて人をいれることができないか」の両極へ拗れた「自分のばかな性質」を含めて、人間の複雑さに敢えて明るく微笑んで眺めてみせる。人生の不愉快への全力の回答だ。三代目猫を横目にという風景が象徴的。2023/03/25
優希
143
漱石晩年の随筆集です。随筆とはいえ、39の掌編を読んでいるような印象を持つほど、1つ1つのエピソードに味わい深かったです。たまにこぼれる愚痴っぽさが可愛らしく感じました。療養中の自宅で思ったことをつづっているので、描いている題材も多様性があるので面白いし、芸術性が排除されている分、読みやすく感じました。漱石の人間性が垣間見れるようです。語っていることは多くないけれど、優しさが滲み出ているように思えました。「孤愁」という言葉が浮かんでくるようです。2015/09/25
Willie the Wildcat
137
硝子戸を通して流れる時間。身近な人たちやできごとの回想。死生観と人間味が随所に滲む随筆。前者は、寿命の不可思議を問う件。やはり楠緒かな。後者は、講演に纏わる謝礼と3人の青年の件。誤解を恐れず言えば、情緒に溢れる本著の終わり方が最も印象的。硝子戸から香る九花蘭、目に入る昼寝する猫、耳にする鶯、そして肌に触れる春の光。五感で生を感じる氏の姿が目に浮かぶようだ。2017/05/11