出版社内容情報
仙台留学時代の若き魯迅と日本人学生との心あたたまる交友を描いた表題作と「右大臣実朝」――太宰文学の中期を代表する秀作2編。
内容説明
仙台留学時代の若き日の魯迅と日本人学生とのこころ暖まる交遊の描写を通して、日中戦争という暗く不幸な時代に日中相互理解を訴えた表題作。“アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ”敗戦へとひた走る時代風潮に対する芸術家としての自己の魂を、若き頃からの理想像、源実朝に託して謳う『右大臣実朝』。太宰文学の中期を代表する2編を収める。
著者等紹介
太宰治[ダザイオサム]
1909‐1948。青森県金木村生れ。本名は津島修治。東大仏文科中退。在学中、非合法運動に関係するが、脱落。バーの女と鎌倉の小動崎で心中をはかり、自分だけ助かる。1935(昭和10)年、「逆行」が第1回芥川賞の次席となり、翌年、第一創作集『晩年』を刊行。この頃、パビナール中毒に悩む。’39年、井伏鱒二の世話で石原美知子と結婚、平静をえて「富嶽百景」など多くの佳作を書く。戦後、『斜陽』などで流行作家となるが、『人間失格』を残し山崎富栄と玉川上水で入水自殺
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感想・レビュー
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ヴェネツィア
299
表題作と、他にもう1篇の中篇小説からなる。ここでは、そのもう1篇の方である「右大臣実朝」について述べる。この小説が書かれたのは1942年の秋から、翌43年の夏頃なのだが、時はまさに太平洋戦争の渦中であり、厳しい言論統制下においてであった。作家たちにとっては苦境の時期であっただろうが、私たち戦後の読者にとって、それは結果として喜ぶべきことにもなった。すなわち、私たちは「右大臣実朝」を得たからである。この小説は、太宰の小説群の中にあって、私小説風(あくまでも風であって私小説ではない)の対極に位置している。⇒2015/06/20
優希
141
戦時中に書かれた中編2編がおさめられています。太宰文学の中期を代表する作品だそうですが、他の作品と比較すると大分雰囲気が異なり、政治的な側面が見られるような気がしました。それでいながら、魯迅や源実朝を通じて自らの美学を語るのはやはり太宰「らしさ」を感じさせます。美と善、政治と芸術の愛を描ききった作品だと思いました。2017/02/13
ゴンゾウ@新潮部
139
戦時中の軍部の厳しい統制下で書かれた太宰中期の作品。「右大臣実朝」は外戚北条家の支配下で歌人としての非凡な才能を発揮した源氏最期の将軍実朝の儚い生涯を彼に仕えた侍女の視点で淡々と描いた作品。「惜別」は若き日の中国の偉大な作家魯迅の革命に身を投じる決心をした仙台留学時の多感な生活を彼の友人の視点で描いた作品。両作品とも太宰の芸術感、思想感を戦時中の厳しい統制の中ふたりの偉人を通して描いている。感情を抑え淡々と。今まで読んだ作品と違った太宰作品だった。2014/12/23
パトラッシュ
95
コロナ禍で日本の現状を思う機会が多かったため、今年最後の読書に選んだ。主人公は実在の人物だが、いずれも太宰の理想の代弁者として愛国主義的な戦時下の風潮への批判が読み取れる。武家の総大将たる征夷大将軍でありながら京の文化を愛する源実朝は「アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ」と嘆じ、魯迅が文明について「偽善を勘で見抜く事です。この見抜く力を持っている人のことを、教養人と呼ぶのでは」と語るのは、戦争に勝ったとはしゃぐ当時の日本人を冷静な目で見ている。ウイルスとの戦いで考えるのに疲れた現代人は、太宰に反論できるか。2020/12/31
Willie the Wildcat
86
『惜別』は内閣情報局等の依嘱で、尊敬する魯迅氏の”転機”を描く。公私の時勢に飲まれ、彷徨い辿り着く道。”大きな花”。師の希望と教誨を託した写真と、その裏に記した言葉!無論、”文字”で応える魯迅氏。『藤野先生』は必読。一方の『右大臣実朝』。出自故の苦しみが和田家滅亡で鮮明となるも、 尼御台・御台所・相州氏、三者三様の距離感が齎す将軍家の孤独感が印象的。祝賀から絶命、そして出家。運命を享受した静かな忠誠心と愛、という感。 ここが、太宰氏が本作に長年拘った理由なのかもしれない。初版装幀は、気合の藤田嗣治氏! 2018/08/17