内容説明
蘇我氏権力からの独立を見事に勝ち取った聖徳太子は、外交においても、目ざましい成果をあげてゆく。遣隋使の派遣とその答礼使の来日―。ここに太子政治はその頂点を迎えるが…。やがて隋帝国を暗雲が覆いはじめるのと時を同じくして、太子の立場も孤独を深めてゆくのだった。
目次
第三部 東アジアの嵐の中で(隋帝国の成立;隋の煬帝の革新政治;法興寺の完成と丈六の仏像;法隆寺の建造と二経の講義;遣隋使の派遣;隋の敗北と太子の孤独)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
井月 奎(いづき けい)
36
太子の為政者としての面が書かれた巻です。聖徳太子は政治家として、宗教家、特に仏教家としてきわめてすぐれた資質を持っていたと思います。そしてそれが太子を悲劇の皇子としてしまったのです。為政者と言うのは清濁併せ吞むことができなければなりません。政策の違いがすなわち戦になる古代では人を殺めることも政治的な行為の一つです(もちろん政策としては下のものですが)。仏教は戒律の一つとして不殺生があります。双方の高い知識を持ちつつ、それを行わなければならない心中はどのようなものでしょう。読み進めるがつらい巻でした。2020/04/17
z1000r
6
相変わらす難解でかなりの飛ばし読みをした、隋と高句麗の戦争、太子は仏教に傾倒するあまり、政治家としては?といった見解のようだ。古代中国、朝鮮の話は知識0なので理解はしにくい。2023/02/04
鈴木貴博
3
第三巻。隋帝国の成立と煬帝の政治、法興寺と丈六の仏像の謎、二経講義と法隆寺建造、遣隋使の派遣、隋の高句麗遠征失敗・国内混乱と太子の孤独。引続き隋の興亡などの世界の大きな動きの中で捉えた日本の動き、太子の事績を見ていく。太子と煬帝の同時代性、太子から見た煬帝という視点が面白い。2020/11/08
Tai
2
隋帝国の勃興が太子や日本の政治に与えた影響が書かれている。高句麗、新羅、百済の大国の圧力を直接受けながら舵取りをしなくてはならない厳しさは今も変わらない。 隋や高句麗の戦争など大陸の争いは国や皇帝、王の生き死にであったり国の存亡がかかるのに対し、日本の争いは統治者の系統が入れ替わることがない中で男女間、政治家通しの嫉妬など人間関係を中心としたものになる。平和なのか、島国的というか。昔も今も変わらないのか。 清廉で理想が高い太子が煬帝の失脚から、厭世的になりバランスを崩し始めた。2019/03/15
ギトン
1
隋の煬帝と高句麗を中心とする梅原氏の語りが圧巻。聖徳太子が尊敬していた煬帝の文化人としての一面。古代史に新しい眼を開かせられた一冊でした。2022/06/11