出版社内容情報
村上 春樹[ムラカミ ハルキ]
著・文・その他
内容説明
一九七〇年の夏、海辺の街に帰省した“僕”は、友人の“鼠”とビールを飲み、介抱した女の子と親しくなって、退屈な時を送る。二人それぞれの愛の屈託をさりげなく受けとめてやるうちに、“僕”の夏はものうく、ほろ苦く過ぎさっていく。青春の一片を乾いた軽快なタッチで捉えた出色のデビュー作。群像新人賞受賞。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
1057
この作品が書かれた1978年当時に、村上春樹が自身の作家としてのその後をどの程度に見とおしていたのかはわからない。ただ、彼のこの処女作の舞台には、大学入学から10年間を過ごした東京ではなく、中学・高校生活を送った芦屋が選ばれた。おそらくは、彼にはそこでの何かと決別する必要があったのだ。作品全体を覆う寂寥感は、そのこととも無関係ではないだろう。そして、物語の大半は主人公が21歳の時の回想なのだが、そこから29歳まで8年間の断絶がある。架空のハートフィールドもなんだか切なく胸に響く。2012/06/03
zero1
656
作家は何故、小説を書くのか?語りたいからだ。村上のデビュー作にして芥川賞候補(後述)。散漫というより実験小説と解釈している。しかし、失われる現在を忘れないよう描くという意味、加えて村上を知る上で必要。分からないから何度でも読む。舞台は村上が育った神戸と思われる。1978年、神宮球場で開幕戦(ヤクルトVS広島)を観ていた村上は、突然小説を書くことを思いつく。妻に原稿を読ませたが「つまらない」と酷評され書き直している。「鼠三部作」の最初。佐々木マキの表紙が懐かしい。ハートフィールドは架空の作家。やれやれ。2019/09/22
ehirano1
532
何も起こらない、ホントに何も起こらない。そう、何も起こらなくてもとにかく風の歌を聴くことに身を任せよう。そのうちきっと何か聴こえるはず。2023/06/11
tokko
462
村上さんの小説を一から読み直そうと思い立って再読。ビールと煙草と、ジェイズ・バーで鼠とフィアット600…。淡くて単調なのにカラフルでリズミカル、なぜか惹きつけられる何でもない会話。「……おい、参ったね、しゃっくりが出そうだよ…… ……ムッ……」2011/07/01
mura_海竜
440
「走ること・・・」から村上春樹さん2冊目。海外にいたときに村上龍さんをかなり読んでいた。その中に間違えて購入(苗字が一緒だ)して、結局、読まなかった。タイトルは忘れたけれど。村上春樹さんは自分の中では踏み込んではいけない作家だと勝手に決め付けていたように思う。どうしてかわからないけど。何かきっかけがなかった、きっかけがほしかったのかなあ。まあ彼の、今の売れている本と本書は少しでも違うのだろうからコメントは避けたい。あと数冊読んでということにしよう。しかし、読むの一年に1冊になるかも知れないけど。 2013/08/08