内容説明
熊をカミとする狩猟民たちの「対称性の思考」とは?「哲学」と「権力」が共存する冬の祭りの秘密とは?王を戴く国家が「無法の野蛮」と結びつく根源へと遡行する。
目次
はじめに カイエ・ソバージュ(Cahier Sauvage)について
ニューヨークからベーリング海峡へ
失われた対称性を求めて
原初、神は熊であった
「対称性の人類学」入門
海岸の決闘
王にならなかった首長
環太平洋の神話学へ
「人食い」としての王
「野生の思考」としての仏教
補論 熊の主題をめぐる変奏曲
著者等紹介
中沢新一[ナカザワシンイチ]
1950年、山梨県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。現在、中央大学教授。宗教学者、思想家。著書に、『チベットのモーツァルト』(せりか書房、サントリー学芸賞)、『森のバロック』(せりか書房、読売文学賞)、『哲学の東北』(青土社、斎藤緑雨賞)、『フィロソフィア・ヤポニカ』(集英社、伊藤整文学賞)など多数ある
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感想・レビュー
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デビっちん
23
再読。一昔前は、人間が努力し自然との間に対称性をつくりだしていましたが、その関係性が非対称になってしまったことが各国の神話を読み解くことでわかります。自然の力を拝借しようと関係性を築いたのに、それを自らに取り入れ、制御しようとすることで決別してしまったのです。その変遷の理由、その伝え方にはヤラれたーの一言です。2018/12/18
ハチアカデミー
10
B 「文化というものの本質はポエジー(詩)である」という折口信夫の言葉を補助線とし、環太平洋の地域の神話・伝説を繋ぎ合わせる。自然と人間を対立するものではなく、並ぶものであると考える思考=対象性の思考から生み出される神話では、熊と人が交換可能な存在となる。自然の驚異の象徴としての熊→熊の擬態をする人間が「野生」の象徴となる→カニバリスム(人喰い)は自然が人間を搾取する儀式である、という論の推移が刺激的。またアナーキズムの思想と対象性社会の人々を結びつける指摘にも納得できた。2012/04/22
白義
10
かつて、神話により文化と自然に対称性が保たれていた時代は、国家や王を未だ持たず、変化の少ない冷たい社会だった。技術による対称性の破綻、文化の過剰や自然権力を身体に取り込む政治的王の誕生により、今に繋がる国家社会が生まれる。それによって覆い隠された国家以前の社会、ミッシングリンクを神話の精緻な解読から復原させ国家の起源に迫る気合いの入った論考。熊への愛情が豊富で牧歌的な味わいもある2012/03/23
木ハムしっぽ
8
カイエ・ソバージュ(野放図な思考の散策)第2巻。旧石器時代の、北東アジアから北南アメリカに住んだ人類に語り継がれた神話には共通する話型が幾つも存在している。森で最強の獣である熊は食料であり毛皮としても狩猟の対象だったが、人間も時として熊に襲われる存在だった。自然の中では人間と動物が対称関係にあったと。首長やシャーマンの存在、彼らが国家を持とうとしなかった理由、仏教と当時の思想との親和性等など。非常に興味深く、刺激的な説に何度も唸らされた。面白かった。カイエ・ソバージュ、他巻も読んでみなくては。2022/09/21
デビっちん
8
国家がない「文化」を持つ人間は神話や儀礼をとおして、動物が持つ「自然の力」の秘密を享受していた。そこでは神話的思考の調整能力が働き、両者の力関係はいつでも入れ替わる「対照的」な関係であった。あるとき「人食い」があらわす自然権力をみずからに内包する王が誕生し、人間と動物の力関係は対象ではなくなった。スサノオ神話は、その自然権力を内包する社会が誕生するための複雑なプロセスを簡単に説明している。終盤、人食いにして贈与者である熊と般若心経の「空」がつながるとは。崩れてしまったバランスを対象にするには?2015/12/23