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内容説明
戦後を彩った人々が繰り広げた夜ごとの宴。表と裏、光と影のすべてを見届けた男が綴る夜の昭和史。
目次
序章 スターたちの宴
第1章 「ニューラテンクォーター」開店
第2章 大人の社交場・ナイトクラブ
第3章 客は戦後日本の「顔」
第4章 ナイトクラブビジネスの裏表
第5章 ホテルニュージャパン炎上
第6章 「ニューラテンクォーター」の終焉
著者等紹介
諸岡寛司[モロオカカンジ]
昭和10年東京都台東区蔵前に生まれる。27年日本大学第一高等学校中退後、リバティー英語専門学校に通うかたわら、ナイトクラブビジネスに従事。日本経済の復興期・高度成長期を通じ、約40年間、一貫して最高級のナイトクラブで働く。とくに「ニューラテンクォーター」には34年12月の開店時より平成元年5月の閉店時まで勤務。常に接客の第一線で活躍し、閉店時は取締役営業部長。同店の閉店後まもなくナイトクラブビジネスから身を退く。現在は企業の顧問などをして昼間の世界で活躍。ナイトクラブ時代とは百八十度異なる第二の人生を送っている
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Roko
30
ホテルニュージャパンとニューラテンクォーターの関係はずっと順調だったのですが、ホテルのオーナーが横井英樹になってからの酷い扱いを嘆いているのがとても印象的です。ホテルが火災を起こしたときにスプリンクラーがほとんどなく、避難指示もしていなかったことが明るみに出て、このホテルの運営がとんでもないことになっていたことが明るみになったという、当時の報道を思い出しました。大人のための社交場であったニューラテンクォーター。こういう場所はもう生まれないのでしょうね。2023/12/10
出世八五郎
12
戦後、日本にも欧米並のナイトクラブが必要と思い、ホテルニュージャパンの地下に作られたナイトクラブは児玉誉士夫が用心棒として営業開始した。規模やショーのレベルは日本一であり、値段も破格の高さとなり、客も選ばれた人々に限られた。ホテルニュージャパンの火災を切っ掛けとしバブル経済の影響とともに、著者曰く日本人が下種を好み始めて、恥を知らぬ者となり、ニューラテンクォーターは閉店した。特別なナイトクラブな為、取り上げられる各業界の客のエピソードも面白い。かつて、こんな凄いナイトクラブがあった・・・とゆうお話。2021/08/17
takao
2
ふむ2022/09/20
バッシー
2
ニューラテンクォーター従業員の手記。戦後東京にあった社交場の記録。この時代の人々はよくも悪くも濃くて惹き付けられる。ただのノスタルジアだが、今を嘆く著者の気持ちにはちょっと共感。この時代生きていたらぜひ行ってみたかった。金ないけど。2019/09/10
tkm66
1
著者のお店が赤坂小学校の近くに以前あった・筈。2003/06/23
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