講談社学術文庫<br> 古典の発見

講談社学術文庫
古典の発見

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  • サイズ 文庫判/ページ数 244p/高さ 15X11cm
  • 商品コード 9784061588301
  • NDC分類 910.4

内容説明

日本の古典は、たえずわれわれの近くにある。われわれは、いつもあまり努力をせずに、この古典の世界に旅をすることができる。私はしばしば古典の世界に気楽な旅に出た。そして、その度ごとに、ある種の発見を私はした。発見というより経験といった方がよいかもしれぬ。ああこんなことがこの本に書かれいたのかと、今まで気のつかなかったことを古典に発見しておどろく。そのおどろきを書きとめたものが、この本である。

目次

1 歌の伝統(愛と死の終焉―万葉集について;虚構をささえるもの―定家の美意識;二つの有心―後鳥羽と定家;旅と連句―芭蕉の世界)
2 内面の発見(すばらしき女たち―王朝女流日記の世界;人間観察者の自己矛盾―吉田兼好論;死霊のドラマ―能芸論)
3 日本文化観(縦線文化と横線文化―塔と日本文化;死の美学―日本人の美意識;中世の意味―時代区分の問題;芭蕉と宗教―芸術の二つの顔)

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

ヴェルナーの日記

281
著者の古典に対する小論文で編まれた一冊。興味深いのは、後鳥羽上皇と藤原定家との和歌の美意識の違いを体系づけて論じもの。後鳥羽院は万葉集を基調とした奔放で派手やかを好むのに対し、定家は六歌仙時代(小町や業平など)の定式化した”余剰妖艶”な歌を好んだ。これは正岡子規と松尾芭蕉との対比にも適用し、定家の歌は吉田兼好や世阿弥・千利休等の”侘・寂”の世界に通じる。そして日本人の精神の奥底に潜む死に対する美意識に相応すると思考。私的には俳句に関する知識が、ど素人なので芭蕉の評論で理解できない箇所があったのが残念だ。2017/01/23

うえ

9
「ある人は、私の法隆寺論を、柳田、折口学の応用ではないかといったが、私は意識的に、柳田、折口学を用いて、法隆寺を解明しようとしたのではない。私が、長い間の法隆寺に対する疑問を、天恵のようにある日私をおとずれた着想によって解明しようとしたとき、自ら、法隆寺=鎮魂論は生まれたのである。意識的にはそうであるが、もしも私が柳田、折口学を知らなかったら、そのような着想は生まれなかったかもしれない。意識の世界では、私が柳田、折口の著作を熱心によむようになったのは、『隠された十字架』を書いた以後であるが」2020/04/05

Gen Kato

1
再読。「私は和泉式部という女を、しまった乳房とこんもりした尻をもった女ではないかと思う」「この著者は、乳房の小さい、体の堅い女でなかったかと思う」…こうした思いもよらない一文(笑)に出会えるのが、梅原先生を読む醍醐味のひとつ。2013/09/16

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