出版社内容情報
兼常清佐(一八八五―一九五七)は日本のすぐれた音楽美学者である.神秘なこと,不合理なこと,曖昧なことを極度にきらい,常にアイロニカルな調子で日本文化を批判する長短とりどりの文章を発表した.そうした兼常に,長年にわたって敬愛の念を抱く編者が,四九編を精選・編集して一本とした.著者の提起した問題は今なお鋭く新しい.
内容説明
兼常清佐は日本のすぐれた音楽美学者である。神秘なこと、不合理なこと、曖昧なことを極度にきらい、常にアイロニカルな調子で日本文化を批判する長短とりどりの文章を発表した。そうした兼常に、長年にわたって敬愛の念を抱く編者が、49篇を精選・編集して一本とした。
目次
名人滅亡
音楽の合理化
音楽界の迷信
音楽の芸術化
お前の音楽をやれ
「ピアニスト無用論」
久野女史をいたむ
楽人の自殺〔ほか〕
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
みつ
11
とりわけ第一部が圧倒的。演奏家と批評家と聴衆の三者いずれも敵に回した激烈な文が続く。「名人滅亡・・は愉快な夢」(p26)、「(聴衆は演奏を間違ってもわからないので)演奏家の努力ぐらいおめでたい、馬鹿ばかしいものは世の中にあまりあるまい。」(p40)、名人が「叩いても猫が上を歩いても同じ鍵盤からは同じ音しか出ない。」等々。芸術の名のもとに有り難がっている風潮を、ピアニストはアスリートの一種であるという醒めた眼で見つつ、計量不可な面の模倣ではなく自ら新しい音楽を作ることが重要と説いているように見える。(続く)2021/12/06
DABAN
2
読者を当惑させ続けてきた著者だが、わかってくるととんでもなくオモシロい人としかいいようがない。これから全部読む。2022/05/23
unterwelt
0
「もし作曲家の意図通りの演奏ができるピアノがあるなら演奏家なんて無くても無くても良いじゃないか」というような暴論、しかし冷静に考えると反論しにくい文章を書いた音楽評論家の文章を集めた本。演奏家のタッチや夢といった非科学的なものや伝統的なものを否定しつつ、民謡の保存を行い音楽を科学的に分析しようとした氏は本当に音楽が好きだったのだろうという気がする。気のせいかもしれないが。2023/04/25