出版社内容情報
三木哲学の基礎を築いた書.主体的真実性,パトス等,のちの著者の諸根本概念はもとより,全く異質な世界を問題にする唯物史観研究も,独自な弁証法も『構想力の論理』も『親鸞』も,その萌芽はこの処女作にすべて含まれる.問いの追求として,出発点は到着点を含むという.初学者のために懇切な注を付す. (解説 桝田啓三郎)
内容説明
三木哲学の基礎を築いた書。主体的真実性、パトス等、のちの著者の諸根本概念はもとより、全く異質な世界を問題にする唯物史観研究も独自な弁証法も、また『構想力の論理』や『親鸞』も、その萌芽はこの処女作にすべて含まれる。
目次
第1 人間の分析
第2 賭
第3 愛の情念に関する説
第4 三つの秩序
第5 方法
第6 宗教における生の解釈
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ころこ
33
パスカルに軸足を置くのか、三木清に置くのかによって、本書の読解はやや異なってきます。三木が展開するのは存在論です。三木のテクストと読めば問題ありませんが、死の関心から展開される存在論は、ハイデガーへの関心と判別が出来ません。100年前のテクストなので参照項が少なく、パスカルの読解としてはどこかでみたような平板な論述に映ります。2章でモンテーニュと比較する箇所では、当時の正の意味と負の意味(当然パスカルは正で、モンテーニュは負です)が現在とでは逆転しているようにみえます。現在がおかしいという論は成り立ちます2018/11/30
壱萬弐仟縁
33
人間の具体的なる存在性の概念は生vie(22頁)。想像は人間におけるひとを欺く部分、誤謬と虚偽との主人(32頁)。想像は物を在るがままの態において見ることを妨げる能力(33頁)。人間の研究において重要なのは生そのものの絶間なき発見。生と死とが同時に存在する(66頁)。どの状態は病を患っているときであろうか? 個性の理解の条件は自己自らが優れた心の持主であることにある(105頁)。名誉を求めるということは人間の下劣さの最も大いなるもの(173頁)。2016/04/02
てれまこし
9
人間とは欠陥だらけで悲惨な存在。「自己は厭うべきものである」。自分にも他人にも愛する価値などない。こういうパスカル級の人間嫌いはまた人間に対する強い関心、人間愛と呼べるものに基づいてる。人間嫌いもまた人間に対する信頼があればこそで、これが逆に自分の存在を直視する強さを生む。逆に本当に人間を愛せない人が自己肯定感を必要とする。そうして人間理解からも人間愛からも遠ざかる。これって逆説なんだろうか。パスカルにおいては人間嫌いが人間否定とならないのは神への信仰。中間的存在の人間に神性を認めるから惨めでも愛しい。2020/04/23
tfj
1
三木清の処女作にして思考の原点となったパスカル研究。人間は悲惨ながらそれを自覚する偉大な理性を備えている、しかし悲惨から逃れようと慰戯に堕ちるという習慣を提示し、生は虚無と無限との間の絶え間なき往来の運動である、人間は自らの理性で矛盾を統合し得ず、その運動の外に絶対的な静的な存在として神があるという。デカルト的な幾何学の精神の他に人間には心情がある。矛盾の統合は理性によるのではなく心情、つまり慈悲の次元の生の問題である。慈悲の次元は神の愛の理解すなわち実践によって人間界に現前し、その実践が矛盾を解決する。2021/07/27
鳥田清麻呂
1
哲学は真理を追究するが、結局人を幸福にするのは宗教か。しかし、納得できるようなできないような微妙な違和感が残る。2018/12/22