出版社内容情報
月の光に浮び上る少女エリーザベトの画像.老学究ラインハルトはいま少年の昔の中にいる.あのころは,二人だけでいるとよく話がとぎれ,それが自分には苦しいので,何とかしてそれを未然に防ごうと努めた.こうした若い日のはかない恋とその後日の物語「みずうみ」他北方ドイツの詩人の若々しく澄んだ心象を盛った短篇を集めた.
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ちなぽむ and ぽむの助 @ 休止中
162
私にラインハルトがいたら、いついつまでもふとした時に思うだろう。あの無垢なしあわせを。子どもの成長を感じた時、夫がうたた寝をしている横で、ここにあるしあわせを噛みしめる時思うだろう。手に手をとって苺を探した美しい森の木漏れ日を。語られなかった美しい秘密を。私にエリーザベトがいたら、いついつまでも思いつづけるだろう。あのクリスマスの贈り物があふれたあたたかな部屋を、幸福な砂糖文字を。もう永遠に手放した睡蓮のことを。今たといここになくとも、思うだけで心をあたためる思い出たち。ふたりはいつまでもあの森にいる。2019/11/11
新地学@児童書病発動中
143
物語を花にたとえるなら、ここに収められている短編は可憐な野菊だと言う気がする。人の目を引く華麗さや息をのむような鮮やかさはないのだが、素朴な美しさで読み手の心に深い印象を残す。作者のシュトルムはドイツ人らしい内面性を感じさせる物語を作り上げており、人の心の内側が自然と深く結びついているという物語の展開の仕方は、日本人に馴染みやすい。表題作が有名だが、私は「遅咲きの薔薇」が一番好きだった。苦楽を共にした妻の真の美しさに気づく夫の物語。この物語には一人の人を愛し続ける喜びと悲哀が、詩情豊かに描かれている。2015/08/10
アン
107
砂糖文字のついたクリスマスの焼き菓子、森で一緒に探した野苺、湖上の手が届かなかった白い睡蓮…。老学者が月光に照らされた少女の小さな肖像画から、若き日の儚い恋を回想する「みずうみ」。戻ることのない青春という季節。その甘やかな記憶と密やかな哀しみが静かに心にしみ、郷愁に包まれます。孤独な老嬢マルテと彼女に寄り添う古い置時計が愛おしくなる「マルテと彼女の時計」。曾孫の洗礼に立ち会った祖母が伴侶との思い出を語る「広間にて」は、家族への愛情が優しく温かい気持ちに。移ろう時と人々の切ない心情が美しい短篇集。 2020/02/18
市太郎
77
川端康成の「みずうみ」を読んだので、同じタイトルを並べてみたいと安易に手に取ったが思いがけず美しい小品集に出会ったようだ。川端が文体による美しさを持っているとしたら、こちらは作品そのものが美しい。表題作「みずうみ」は老人が回顧する青春時代が切なく描き出されていく。郷愁を感じずにはいられない作品全体から喚起される想いにため息がもれそうだ。その他「マルテと彼女の時計」「広場にて」など感傷的で静かな作品群が並ぶ。叙情詩人が紡ぎだす珠玉の作品集。2014/06/25
(C17H26O4)
75
表題作はバッハのフランス組曲第5番を彷彿とさせるような清らかさ。特にアルマンドを。2020/01/10