内容説明
博物館、美術館、博覧会、あるいは日常生活のなかで、“見せること”と“見ること”は、どのような意味をまとうのか?ジャンルや研究領域を越えて、多彩な視座から“展示”という擬制を解体し、その再考を促す出色の論集。
目次
1 展示のポリティクス(展示―狂気と暴力の黙示録;展示への権利―美の展示と暴力の展示のすき間に;画像の展示と秘匿―キリスト教美術を中心に;展示される戦利動物;展示と政治)
2 展示のプラクティス(ミュージアムと教育―真珠湾教育ワークショップの事例から;オーストラリア戦争記念館と日本展示;空中写真の闇;名づけ得ぬもの;アートプロジェクトの政治学―「参加」とファシズム;起源への憧れを展示する―南米アルゼンチンのミュージアムが見せるもの)
3 展示のグローバリズム(見せずにはいられない―展示という名の所有の誇示;国を展示する―パプアニューギニアにおける国家の表象;「オーストラリア原始美術」展とその民族学的背景―日本最初のアボリジナル美術展をめぐって;文化を展示することは可能か―民族学博物館の展示手法の近年の変化から)
著者等紹介
川口幸也[カワグチユキヤ]
1955年、福井県に生まれる。東京大学大学院人文科学研究科を修了後、世田谷美術館学芸員を経て、国立民族学博物館准教授。専攻、アフリカ同時代美術、展示表象論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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Nobuko Hashimoto
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「展示」という行為のなかにある政治的行為について、複数の専門家がそれぞれの観点や事例から考察する論集。硬派な本だが一気に読んだ。いずれの論稿も勉強になった。見る、みせる、秘匿するという行為のなかにある権力関係、それを一方的でなくすにはどうするか、展示の形態や捉え方の変遷、展示をどう読み解くか、どう教育に生かすかなどなど。19c末以降の美術展示は、国や貴族、富裕層による富や権力の誇示から、知識とセンスの誇示に変わり、誰にでも開かれているようで実は大衆や下層階級を排除しているのではないかという考察が面白い。2018/03/09
kyorai
1
博物館、また展示一般について考察する上で適用範囲が広く、使い易い一冊。「展示の政治学」という前提のためか、やや議論が一辺倒に感じられるが、多くの論者がそれぞれの事例を俎上に載せているため、興味の範囲を広げるのにも良い。2010/01/23
y
0
美術品に関しては、好きなものを好きな理由を追求することなく、好きなように解釈して目で楽しむ、というスタンスの私には、かなりパンチの効いた一冊。 美術館や博物館での展示の裏にある、意識的または無頓着なレッテル付けや、展示する側の主観など、政治学と一言で言うにはあまりにも多様な思想には驚きました。 個人的にはホワイトキューブについて、もう少し勉強したくなりました。2018/09/20