内容説明
競技スポーツ等の身体運動は「健全なる精神」の育苗装置。知育・徳育の基盤こそ体育。―これら、うたがわれることのない図式こそ、知性の欠落にもとづく思考停止、無責任な楽観主義の産物というべきだろう。自明視されてきた「身体教育」の本質を再検証し、栄養学・性教育・救急法などをふくめた保健体育・家庭科ほか「広義の体育」が本来はらむ可能性を提起する。
目次
第1章 「身体教育」の本質と「身体教育」論再考
第2章 「身体教育」の略称としての「体育」は、なぜ競技スポーツの劣化コピーとなったか?
第3章 「食育」運動の本質とゆくえ
第4章 「身体教育」空間としての学校の本質再考
第5章 性教育ほか、リスク対策教育の実態
第6章 ヘルシズム/ヘルスプロモーションと、フードファディズム/オルトレキシア―優生思想とパターナリズムをベースとしたパノプティコン
第7章 身体教育解析の射程―『体育で学校を変えたい』をヒントに
第8章 障害者の生活文化という死角からの身体教育の再検討―身体教育の新領域1
第9章 地域の文化伝承と教科内の必修化:沖縄空手の伝播とグローバル化―身体教育の新領域2
第10章 暴力性の規制としての身体運動再考
著者等紹介
ましこひでのり[マシコヒデノリ]
1960年茨城県うまれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。日本学術振興会特別研究員などをへて、現在、中京大学国際教養学部教授(社会学)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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