ナショナル・アイデンティティと領土―戦後ドイツの東方国境をめぐる論争

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ナショナル・アイデンティティと領土―戦後ドイツの東方国境をめぐる論争

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  • サイズ A5判/ページ数 428p/高さ 22cm
  • 商品コード 9784788510982
  • NDC分類 311.3
  • Cコード C1030

出版社内容情報

 一般に領土問題といえば、国家間の国境線の引き方をめぐる国際政治上の問題と考えられることが多い。しかし、国境線をめぐる紛争において当事国が主張する国境線の引き方は、その国が標榜するナショナル・アイデンティティの問題に深くかかわっている。領土問題は国際政治上の問題であると同時に、ナショナル・アイデンティティをめぐる国内政治上の問題でもあるのだ。本書は、そのような視点から戦後ドイツの東方領土問題を考察しようというものである。(「はじめに」より)

内容説明

帝国かホロコーストか。戦争によって戦前の領土の4分の1にあたる東方領土を喪失し、1400万人が追放されたドイツ。その歴史と向き合うなかで対峙する二つのナショナル・アイデンティティ。その論争から日本は何を学べるか。「補論・東方領土問題と日本」収録。

目次

失われた領土―戦後ドイツの東方領土問題
第1部 理論的・歴史的前提(ナショナル・アイデンティティの分析枠組み―理論的前提;東方領土問題の発生―歴史的前提)
第2部 戦争終結から東方諸条約批准まで(一九四五‐一九五五 国境修正要求の形成―帝国アイデンティティと東方領土;一九五五‐一九六一 「否認」のディレンマ―「正常化」への模索と帝国アイデンティティ;一九六一‐一九六九 オーデル=ナイセ線承認への動き―ホロコースト・アイデンティティの台頭 ほか)
第3部 東方諸条約批准から現在まで(一九七二‐一九八二 「和解」の継続と停滞―対立するナショナル・アイデンティティの攻防;一九八二‐一九八九 忘れられぬ領土―再浮上する帝国アイデンティティ;一九八九‐一九九一 ドイツ統一と国境の最終確定―「ドイツ帝国」の消滅 ほか)
結論

著者等紹介

佐藤成基[サトウシゲキ]
1963年東京生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程中途退学。カリフォルニア大学ロサンゼルス校大学院修了。Ph.D.(社会学)。日本学術振興会特別研究員、茨城大学助教授を経て、法政大学准教授。比較ナショナリズム研究、歴史社会学、社会学理論専攻(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

ミッキー・ダック

11
戦後ドイツが東西に分割されただけでなく、領土の1/4を失ない14百万人のドイツ人が被追放者となった悲劇を全く知らなかった。ソ連が領土拡張のためポーランド国境をドイツ領内に移動したためだ。戦後ドイツはこの国境を暫定としていたが、1970年ブラント政権は国境線を承認し領土を放棄した。但し法的には、戦前の帝国が存続したため、被追放者の抵抗の拠り所となり、90年の東西統一、国境条約締結まで論争が続いた。何故、ドイツは領土放棄ができたのかを克明に追跡した大変貴重な研究だ。ドイツの過去の克服のしかたに感銘を受けた。 2013/09/07

ドウ

4
ドイツが第二次世界大戦の結果喪失した領土を放棄するに至るアイデンティティの変化を政治史・社会史の面で詳細に追った研究。ナショナリズムの事例研究とも読める。喪われた領土の返還を求める帝国アイデンティティが、大戦の結果ドイツにはヨーロッパの平和に対する特別な義務が生じたとする「ホロコースト・アイデンティティ」に置き換わった経緯が明らかにされている(用語命名のセンスが微妙)。このレトリックはEUでのドイツの姿勢をも説明してる感じ。補論の北方領土に対するシュミットの発言は4年前にも読んだのにまた衝撃を受けた。2017/01/19

たけふじ

1
何が西独に領土を放棄させたのか。政府を大きく突き動かしたのは、「ホロコースト・アイデンティティ」だった。着目すべきは、これは為政者の好むと好まざるとに関わらず民衆から生まれた潮流(その証拠に、SPD、CSU/CDUともに戦後すぐから東方領土放棄を支持していたわけではない)であり、その意味で公共言論が果たした役割は大きい。翻って現下のロシアのウクライナ侵攻を考えてみると、ロシアに公共言論は事実上存在しておらず、西独型の「変節」は不可能ということになる。支配者の気まぐれを待つしかない事実、あまりに重すぎる。2023/11/25

たけふじ

0
なぜドイツは再統一に際し旧プロイセンを放棄するという決意ができたのか?大きな転換点は60s。ナチス犯罪の司法追及への関心が高まり、68年世代が台頭したことでホロコーストへの反省が生まれる。そしてホロコーストの歴史を克服するために平和への貢献を表明し、信頼を回復する。すなわちポーランドへの国境の不可侵を約束することが国益につながるという解釈につながっていったのである。この論理の中で置き去りにされたのが非追放者であった。1937年のドイツ領土に固執する彼らは時として右翼と同一視された。→2017/02/21

jntdsn13

0
あらすじは他の方が述べている通り。ただ、Reichを帝国と訳して連呼するのは、基準となっている1937年ワイマール共和国におけるドイツ国家全体性を指している用法からして疑問があるし、極右アイデンティティみたいで違うのではないか。2021/08/13

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