属国―米国の抱擁とアジアでの孤立

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  • サイズ B6判/ページ数 333p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784773632132
  • NDC分類 319.105
  • Cコード C0031

出版社内容情報

マッカーサーの指示によって「天皇制民主主義」の国として独立を果たした戦後日本は、小泉・安倍政権に至って完全に米国の「属国」になった。一億総中流だった日本がなぜ、ニートとフリーターが溢れる国になってしまったのか。オーストラリア国立大学名誉教授の東アジア近現代史家が、戦後保守政治と日米関係の過去・現在・未来を鋭く分析。政権交代が視野に入ってきた今だからこそ、日米関係を根底から見直す必要がある。

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日本語版への序 日本はアメリカの属国なのか
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 小泉・安倍改革の実体/問題のありか/戦後日本と米国の支配/海外派兵のできる「普通の」国へ/属国のアイデンティティ/有権者は何に期待しているのか
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第1章 ずっと12歳?
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 「ナンバーワン」から黄昏へ/米国の支配/戦後日本の経済発展/「改革」の下の素顔/息苦しくなった抱擁
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第2章 米国依存の超大国
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1 釈迦の手の上で踊る
 米国の占領と天皇/米国が押しつけたアイデンティティ/アジアへの謝罪/天皇を中心とする神の国/国会内の大勢力「日本会議」/日本は孤立を選ぶのか

2 靖国神社
 公式参拝と謝罪/かたくなな靖国参拝/靖国神社の再定義/戦後日本のアイデンティティ

3 テロと警察
 国産テロ/市民に対する国家の圧力/立川テント村の「良心の囚人」/反対意見に不寛容な社会――戦前の復活か?/吹きすさぶ暴力
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第3章 日本モデルの解体
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1 成長神話の終焉
 白昼夢「ジャパン・アズ・ナンバーワン」/凋落の始まり/小泉劇場

2 選 挙
 自民党は本当に大勝したのか/野党はどこにいるのか/夢と現実

3 王 国
 失業と社会不安/働く貧困層/ニートと高学歴フリーター/郵政民営化で隠蔽された真の問題/増え続ける債務/目を覆う将来像

4 帝 国
 誰にとって利益なのか/米国の圧力

5 改革! 改革!
 魔法の指揮棒/ほんとうの危機/郵政解散の結果
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第4章 ブッシュ世界の日本
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1 「かけがえのない」同盟国
 従属と保護

2 冷戦から「ガイドライン」へ
 ターニングポイントは湾岸戦争/協力でなく従属/あいまいさと危うさ

3 成熟――ブーツ・オン・ザ・グラウンド
 未熟さの裏返し/どこまで従属するのか/ならず者は誰だ/参戦を取り引き/道義と正当性を欠いた参戦/イラク占領軍としての自衛隊/ふくろだたき

4 日米同盟の「変革と再編」
 参戦への転換点/日米同盟の実体とコスト/日本の臨戦体制

5 東アジアの英国になる日本
 英国はどうなっているのか/同盟は誰の利益なのか/日本は何を目指すのか

6 ひと声「数千億」円!
 借金王と浪費王/日米同盟は巨額の負担に見合うのか

7 アジアか米国か
 東アジアの平和/みせかけのナショナリズム

8 ずっと友だちでいられるのか
 従属的ナショナリズム
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第5章 アジアの中の日本
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 戦後60年目の対立/常任理事国と歴史認識問題/

1 北朝鮮
 日朝国交回復の動き/北朝鮮を恐れる必要があるのか

2 謝罪の首脳会談――2002年
 北朝鮮問題との国交交渉/日本の右傾化

3 拉 致
 視点を変えるとどう見えるか

4 核兵器
 北朝鮮の挑発なのか/六か国協議

5 犯罪と人権
 強硬な米国の対応/ミサイル連射/「ブッシュ・ショック」

6 東アジア共同体
 日中の葛藤/米国とアジアの葛藤/具体化の展望
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第6章 憲法と教育基本法
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1 再びルールブックを開ける
 戦後日本の基本法/憲法が生んだ分裂

2 天 皇
 マッカーサーの占領政策/伝統の欺瞞性

3 憲法9条
 平和主義/自衛隊――1947年~1990年/冷戦以後――1990年~

4 憲法改正――2005年試案
 明治憲法への回帰か/戦争の足音/党内の評価/むしろ日米に緊張が生まれる/改憲の可能性/学者からの提案/市民からの提案

5 教育基本法
 教育の目標/保守政治家の目標/教育現場の葛藤/日の丸・君が代の強制/エリート教育/愛国心/米国に抱きしめられて
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第7章 沖縄――処分と抵抗
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1 再三の処分
 平和な海洋交易国家から基地の島へ/沖縄返還/怒りの爆発

2 抵抗 第1段階――「ヘリポート」計画
 10年に及ぶ抵抗

3 抵抗 第2段階――リーフの海
 交付金漬け/辺野古の勝利

4 抵抗 第3段階――キャンプ・シュワブを選択
 「先軍政治」/憲法の適用外なのか/民意か同盟か

5 沖縄の選択肢
 札束攻勢/沖縄の将来
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第8章 核大国・日本
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1 核兵器
 核に頼る日本の防衛/日本の核武装はあるか

2 エネルギー
 原発の実態/六か所村

3 原子力立国――廃棄物と高速増殖炉と魔法のサイクル
 プルトニウム超大国/夢の原発/放射能廃棄物の行方

4 核分野の国際協力
 進む方向が間違っていないか/持続可能な社会
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第9章 精神分裂国家か?
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1 小泉政権の遺産
 パフォーマンス/驚異的な支持率/ナショナリズム

2 安倍の「美しい国」
 先祖返り/ジレンマ/ヨーロッパなら極右

3 繰り返し浮上する「日本問題」
 脱亜と愛国が生む差別/誰に未来を託すのか

【日本語版への序】
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日本はアメリカの属国なのか
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●小泉・安倍改革の実体

 多くの日本人は日本が世界第2位の経済大国であり、自分は少なくとも下層階級でなく、まあ中流くらいだと考えているかもしれない。しかし実際のところ、日本経済は確実に下降し続けている。GDPは過去20年間で初めて世界総生産の10%以下に落ち、1人当たりのGDPは2006年にはOECD中の18位というぱっとしない地位にいる。持てる者と持たざる者、勝者と敗者の格差は拡大した。先進国の中で日本より深刻な貧困問題を抱えているのは米国だけである。

 生活保護の受給家庭は100万世帯に上るが、生活保護を受ける資格があるのに行政から拒否されているケースはさらに多い。安定した仕事は激減し、労働者の3人に1人は、ディケンズやマルクスが描写したような資本主義初期の暗黒時代に労働者が経験した貧困や搾取とあまり変わらない状態にある。国民健康保険の保険料が払えず実質的に無保険状態になっている人がおよそ1000万人もいる。社会の高齢化が加速し、少子化と相まって国力は衰退しつつある。東アジアでも世界でも日本の存在感は薄くなった。

 どうしてこんなことになってしまったのか。教育水準も高く勤勉な国民が、こんな事態になるまで手をこまぬいていたことが不思議でならない。

 転換点は、「改革」を掲げて2001年から06年まで政権を担当した小泉・安倍両首相の時代だ。このことに議論の余地はほとんどないだろう。小泉「改革」はその影響の大きさにおいて、19世紀後半の日本が封建制から近代国家へと転換した明治維新や、20世紀中葉の敗戦で軍事優先の全体主義国家から資本主義を前提とした民主国家に変貌した大転換にも匹敵する大変革であった。小泉は自民党を「ぶっ壊す」政治改革を掲げて権力を手中にした。そして就任4年後には、「改革」とは郵政民営化にほかならないと選挙民を説得して総選挙に大勝利を収め、改革政権の基礎をかためた。小泉の後を襲った安倍は「戦後レジームからの脱却」をスローガンに、真の独立を回復するという使命感に燃えていた。小泉・安倍の「改革」は、田中角栄がつくりあげて後継者が固めた「日本型」土建国家を解体するとともに、その代わりに「米国型」ネオリベラリズム・民営化政策・規制緩和を導入して、自由競争を前提とする資本主義を推し進め、安保、憲法、教育基本法という3つの基本法の変更を政治目標とした。ところが7年以上にわたるこの「改革」こそが、日本に深刻な経済的苦境をもたらしたのである。

●問題のありか

 何が問題だったのか――これを私なりに探ろうとしたのが本書である。海外ではふつう、小泉・安倍政権下の日本は過度の対米依存を解消し、杓子定規な官僚統制を排して、規制のない自由で正常な国になったと受けとめられている。そして日本が抱えている現在の問題は、「改革」が十分に実行されていないことだという。

 2007年に、日本の政治関連で刊行された英文書籍の主なものは3点あるが、著者は3人とも基本的に「改革」のプロセスを積極的に評価している。マイケル・グリーンは日本が「不承不承の現実主義」を採用したと見る。ケネス・パイルによれば、日本は独自の「価値観・伝統・行動様式」を追求しようとしている。リチャード・サミュエルズは、日本の安全保障政策は、対米1辺倒だった過去の政策から米中双方に「熱すぎず冷たすぎない」適度の距離を保つようになり、アジア太平洋地域における態度も「尊大でなく卑屈でもない」と高く評価している。

 しかし本書はそうした立場に立たない。私は、小泉・安倍両政権の特徴は対米依存と責任回避だと考える。日米関係の核心にあるのは、冷戦期を通して米国が日本を教化した結果としての対米従属構造だが、2人の首相の「改革」はこれまで長年継続してきた対米依存の半独立国家・日本の従属をさらに深め、強化した結果、日本は質的に「属国」といってもいい状態にまで変容した。日本独自の「価値観・伝統・行動様式」を追求するどころか、そうした日本的価値を投げ捨てて米国の指示に従い、積極的に米国の戦争とネオリベラリズム型市場開放に奔走した。世界中で米国の覇権とネオリベラリズムの信用度が急落している中で、小泉・安倍両政権は献身的にブッシュのグローバル体制を支えたのである。

 わたしが属国というとき、初めて国民国家の主権と独立の概念が出てきた1648年のウェストファリアの国家の定義を想定したうえで、植民地でも傀儡国でもない、うわべだけでも独立国家の体裁があるが、自国の利益よりはほかの国の利益を優先させる国家という意味で使っている。

 本書のタイトルに使用した「属国」という言葉は、70年代から80年代にかけて政権の中枢にあった故・後藤田正晴・元官房長官の発言から採った。死の前年の2003年に後藤田は、日本はアメリカの属国になってしまった――と発言している。保守政治家の中からも日本は「アメリカの何番目かの州みたいなものだ」とか、日本の保守は「腐っている」とか「どんなときもアメリカ支持」だと自嘲気味の発言も出てきた。

 海外ではそうした観点からの日本批判はほとんど見られない。かつて日本政府を批判するのは革新派か急進派だと決まっていたが、近年、後藤田のような保守の大物から批判が出てきたのは興味深い。彼らは小泉・安倍両政権は冷戦期以来の日本の国家構造を根底からひっくり返そうとしていると見ている。「属国」は保守の政治目標たりえない。

 こうした観点からすると小泉・安倍両首相は、保守とは名ばかりでじつは戦後最も急進的な政治家だったということもできる。自民党はもはや保守党ではなくなった。本来の保守政治家は冷や飯を食わされ、引退させられ、刺客に暗殺され、粛清されてしまった。佐伯啓思・京都大学教授は「自民党にいまや保守の理念は存在しない」とまで言っている。

●戦後日本と米国の支配

 現在の日本の危機的状況の原因は政府の無策にあるが、それに加えて、60年前に日本が占領されたときに選択しその後形成してきたアイデンティティそのものに根差しているようだ。当時の日本は、日常的に米国の支配下にあることを思い知らされる占領という苦い薬を飲み込むため、自分たちは天皇を戴く特別な国だという神話でその苦さを和らげる必要があった。マッカーサー将軍にとって日本の占領と再建をうまく機能させるために天皇制は不可欠であった。

 天皇中心のアイデンティティは冷戦期には目立たなかったが、衣食足りて余裕が生まれ架空の敵もいなくなると、天皇こそ日本独自のものだという考えが多くの人にとって魅力的に見えてきた。事実、2001~07年の小泉・安倍両内閣の閣僚の大部分は戦前・戦中の日本に理想を求め、ほとんどが「正しい歴史を伝える」国会議員連盟、「明るい日本」国会議員連盟、「日本の将来と歴史教育を考える」若い議員の会、神道政治連盟などの議員団体に所属している。2000年1月、当時の森首相が日本は「天皇を中心とした神の国」だと発言して物議をかもした。この言葉にこうした政治家の胸の内が端的に現れている。これは1930~40年代に日本を悲惨な戦争へと導いた当時の指導者とまったく変わらない。米軍への従属・統合をいっそう推し進め、「極東の英国」となるべく最大限の努力を尽くした小泉・安倍内閣は国内向けにナショナリストのポーズをとり続けたが、それは見せかけだけだったと言っていい。

 冷戦下の日本は、限定的かつ受動的ではあったものの、米国の反共構想の中に組み入れられていた。そのため日本は米国の安全保障と外交に従属することとなり、米軍が沖縄を優先的かつ自由に使用することも受け入れた。「戦時国家」沖縄は「平和国家」の日本本土とバランスしていた。それでも戦後の日本は、完全な独立国とは言えないものの1定程度の自治と自立を確保し、冷戦中も経済成長だけに没頭していればよかった。この状態を属国とまで言い切ることはできない。

 しかしG・W・ブッシュ政権内にとってこの程度の1体化では不十分だった。保守派シンクタンク「アメリカ新世紀プロジェクト」(PNAC)が政権への影響力を増すと対日要求は急増した。リチャード・アーミテージ(のちの国務次官)が中心になってまとめた政策提言報告、いわゆる「アーミテージ・レポート」では、「成熟した」日米同盟の実現が求められた。小泉首相はそれに応えるべく全力を挙げた。ブッシュ政権初期のころのアーミテージはまるで日本を統治する総督のようだった。アーミテージは日本政府に圧力をかけたり、なだめたり、あるいは書面で要求をつきつけたりして、米国の思い通りに日本を変容させようと総指揮を執った。アーミテージは時間をかけて仕事をうまくやりおおせたといえる。日本はもはや「観客席に座る」客ではなく、「グランド」に出たり「内野で」プレーする当事者として、「軍靴を履いた」自衛隊をイラクに派遣した。ペンタゴンの米軍再編計画に同意したことで、日米関係は米英関係と同等のレベルにまで引き上げられた(第4章参照)。

 アーミテージは2006年、それまでの日本の努力に満足し高い評価を与えたが、2007年2月には2020年までの外交目標を並べた新しい報告書を作成し、その中で日米同盟をさらに次の段階へ引き上げるための政策目標を発表した。それは、?@さらに強力な日本政府を形成する、?A憲法を改定する(アーミテージはじめ米高官は繰り返し日本に要請している)、?B自衛隊の海外派兵が可能となるような恒久法を作る、?C軍事予算と在日米軍への「思いやり予算」を増やす、?D国際紛争を解決する手段としての武力行使の支持を明確にする――などである。

●海外派兵のできる「普通の」国へ

 小泉と安倍はワシントンからの要求に全面協力したうえ、社会・経済分野の「改革」に関するこまごまとした指示にもきちんと従ってきた。ワシントンは10年以上にわたって、日本の社会や経済の「閉鎖性」を指摘しながら日米関係で米国が「不利」にならないよう、日本の予算から税制、はては労働時間まで、米国型自由主義への「変革」を要求してきた。小泉と安倍は、米国の指摘するそうした「構造障壁」を取り除くべく努力した。しかしその過程でそれまで日本にあった分厚い中流層の生活と自信が粉砕されたうえ階級格差が鮮明になり、社会全体が「アメリカ化」してしまったのである。

 田中角栄とその後継者が作りあげた古い自民党は官僚統制の色が濃く、親方日の丸的温情主義であり、コネが優先される汚職体質だったのは間違いない。公共事業を全国にばら撒き、国の財政を破綻させ、いたるところで環境破壊を引き起こした。たしかに政策転換は必要だった。だが、小泉や安倍が推進したような転換には大きな問題があった。

 日本占領期のマッカーサー将軍は憲法や行政機構にまで細かい指示を出した。それから60年たっても、ブッシュ政権の高官はいまだに小泉や安倍を配下のように見ている。それにしても日本が、憲法を改定しろとか日本の基本法を改めろと言うような、内政干渉もはなはだしい米高官を「親日家」としてありがたがってちやほやするのはどういうわけか。そのような自立心の放擲こそ属国的思考以外の何ものでもない。

 新安保構想は、2005年11月および翌年5月に日米で締結された在日米軍再編合意に明確に表れている(第4章参照)。この合意で日本は事実上米国の属国となり、米軍の世界戦略の1要素として、世界反テロ戦争(GWOT=the Global War on Terror)に投入されることになった。そのキーワードは「相互運用性」と「統合運用体制」だ。

 米国は、特に90年代に顕著に現れたように、日本の「属国」化を既成事実とすべく1歩1歩、計画の実現を図ってきたが、この過程で明らかな障害となったのが平和憲法だった。だからこそ米国は再3再4、日本に文書で憲法の変更を求めている。そして小泉・安倍政権は、「平和国家」日本を「普通の」(戦争のできる)国に変える方針を固めた。そこでは自衛隊が、「防衛省」を認める新憲法の下で「自衛軍」となり、「国家安全保障会議」の指揮下で海外派兵恒久法に基づいて「正規軍」として派兵されることになる(第6章参照)。

●属国のアイデンティティ

 かたや神道の価値観を守るナショナリストを演じ、かたやワシントンを喜ばせ忠誠を尽くしたいと熱望する指導者の下、日本のアイデンティティはひき裂かれてずたずたになっている。米国の要求に応えようとすればするほど、国内では国家や国旗にまつわる儀礼を強調したり、誇りのもてる「正しい」歴史観を押し付けたり、国家アイデンティティの基礎に靖国神社を重ねざるをえない。

 とくに安倍晋3は「美しい国」をキャッチフレーズに選び、国家は愛されるべきものだとした。御手洗富士夫・経団連会長はさらに、労働者は国とともに会社を愛さなければならないと付け加えた。国家と企業がこぞって同じ目標を掲げる国は現代資本主義社会ではかなり珍しい。21世紀初頭にあって国家と企業を共に愛せと国民に要求しているのは、日本以外には隣国――あらゆる面で正反対の極にあるが――北朝鮮だけではないだろうか。
 日本の歴史と伝統が完全無欠だと強調することは、論理的には、60年前に米国が戦前の日本とすげ替えた戦後体制を否定するに等しい。安倍がこの論理に乗って「戦後レジームからの脱却」を国民に呼びかけたとき、米国がいらだちを隠しきれなかったのも驚くに値しない。日本の「独立と回復」を唱える安倍の政治目標を文字通りに受け止めれば、米国との関係は見直されなければならない(それ自体は非常に望ましいが)。ところが安倍は、『世界』が言うように、戦後レジームからの脱却といいながら、戦後の1番重大な枠組みであるアメリカとの関係を変えるつもりは全然なかった。むしろ軍事的協力を強めようとしているのだ。また安倍の「価値観外交」は、民主主義、人権、法治という基本価値を共有しようとするものだが、実際は価値を共有するどころか、近隣諸国の感情を逆なですることなどお構いなしに、民主主義の基本制度である憲法や教育基本法を変更すると公言していた。その結果2007年7月に米国下院は、いわゆる従軍「慰安婦」に対する責任をあくまで否定する日本政府に対して、歴史的責任を認めて公式に謝罪するよう求める決議を可決した。これは米国でもきわめて珍しいケースだ。日米間の矛盾そのものは目新しくないが、冷戦後の歴史の流れの中でこの決議は巨大な氷山のように目立っている。

 「属国」の中では日米関係はかつてないほど親密だと双方が口をそろえて言う。しかしこの親密さが意味するものは、日本が米国の世界構想に盲従し資金面で米ドルと米国の戦争を支えることであって、日本が米国の政策にいささかたりとも影響を及ぼすものではない。ほとんどが1方的な米国の要求は、たとえばインド洋の給油活動の再開であったり、在日米軍基地の維持費の増額であったり、防衛予算の増額であったり、必要なときに自衛隊を海外に派遣できるような立法措置だったりする。こういう要求をするときの米高官はむろん、決めるかきめないかは日本次第だと注意深く付け加える。しかし時としてこの慇懃さの仮面がずれて本音が漏れることもある。ロバート・ゲーツ国防長官は、米国の要求をのまなければ日本が国連安全保障常任理事となることは支持できないと示唆した。また、野党の小沢1郎民主党党首が自衛隊のインド洋給油活動延長に反対したときは、マイケル・グリーン元国防次官補代理やカート・キャンベル国家安全保障会議アジア上級部長(当時)が朝日新聞に寄稿して、小沢1郎の補給活動延長反対は日米の同盟関係を傷つけると非難した。

 安倍は、「属国」に対する米国の膨大な要求項目を実現に移そうともがけばもがくほど、日本という国家がこれまでかろうじてその上に立っていた矛盾の流砂のなかに沈んでいった。自衛隊給油部隊のインド洋への派遣延長が国会を通過する目処がたたずブッシュとの約束が履行できなくなった安倍は突然総理を辞任した。

●有権者は何に期待しているのか

 2007年末に安倍が辞任すると福田康夫が内閣総理大臣になった。首相に就任した福田はそれまでより穏健で協調を重んじる姿勢をとっている。2007年7月の参院選大敗という事実は無視できないからだ。だが問題は残る。福田は果たして、急進ネオナショナリストの小泉・安倍路線がとってきたネオリベラル的政治を変えようとしているのだろうか、あるいは単に1時的で戦術的な調整にすぎないのだろうか。

 福田内閣は安倍内閣をほぼそのまま引き継いでいる。再任した閣僚は15人。入れ替わったのはわずか2人であり、顔ぶれはほとんど変わっていない。この状況で2人の前任総理と完全に縁を切ることは本質的にむずかしい。福田は憲法改正に慎重であり、中国、韓国には穏健な姿勢で臨んでいる。また、北朝鮮との国交正常化を優先する福田は、拉致問題を棚上げするかもしれないと見られているので、ネオナショナリストたちは「冬」の時代が来るかもしれないと警戒していた。その可能性もなくはなかったが、福田には国家が立脚する根源的問題に正面から取り組む姿勢は見られないし、属国という地位の再検討という難題に挑戦する素振りもまったくないまま最初の数か月が過ぎた。福田政権の支持率は1時高かったが、それは、福田なら何かやってくれるという積極的期待があったためだというより、安倍政権が終わってやれやれという安堵感からではなかったか。

 2007年の参院選では、対米協力の強化、歴史の見直し、美しい国と愛国心といったネオリベラル的政策を掲げた自民党の安倍より、年金、福祉、格差といった生活を優先すると公約した民主党の小沢1郎党首の言葉が有権者の心をつかんだようだ。短期間ではあるが民主党がとった政治戦略は日本の外交政策に大きな影響を与えると思われた。それは、海上自衛隊の給油部隊をインド洋に派遣することに反対したり、国連中心の外交を主張したことである。戦後初めてではないとしても、この数十年間で初めて日本の行方についてまともな議論が起こるかと思われた。福田自身も揺れ動き、テロ対策特別措置法を延長しないことに同意するかもしれないとも伝えられた。米国からの強い圧力もあって、タイミングを逸した福田は元の線まで戻り、小沢は自民と民主の大連立交渉で辞表を出したりひっこめたりして信用を失った。2008年1月11日、特措法は国会を通過し、インド洋における海上自衛隊の洋上給油が再開された。

 大連立のエピソードを別にすれば、福田政権の政治姿勢も前任者のそれとさほど変わりはない。ワシントンへの忠誠、軍事協力、ミサイル防衛、経済「改革」などが今後も継続されることに疑いの余地はない。ネオリベラル的政策の実施に伴う社会的コスト――特に絶望的な状況にある若年日雇い派遣労働者――の処遇にはなんらかの対策がとられる可能性はあるが、福田政権がネオリベラルのイデオロギーそのものに挑戦する気配はまったく見られない。日本における小泉・安倍的矛盾はそのまま残り、憲法に明記された主権者である日本国民が自からこれまでと違う将来を選択し政治の潮流を変えるまで、日本の矛盾は周期的に顔を出してくるに違いない。

2008年3月
ガバン・マコーマック

敗戦後、マッカーサーの指令で「天皇制民主主義」の国として再出発した日本がたどりついたのは「属国」。
推薦:
●新崎盛暉(沖縄大学名誉教授)
 辺野古の闘いは、知日派外国人の目にどのように映っているか。
●高橋哲哉(東京大学大学院教授)
 日本が抱える諸問題の根源はどこにあるのか。耳を澄まして聴きたい外からの声。
●森 達也(映画監督・作家)
 これは暗喩ではない。まさしくこの国の現実だ。
●ノーマ・フィールド(シカゴ大学教授)
 著者らしい、示唆に富む、骨太な議論。
装幀:鈴木一誌

内容説明

米国の世界一極支配構造の中で、小泉・安倍両政権は積極的に米国の戦争に参加し、ネオリベラリズム型市場開放に走った。対米従属一辺倒の「改革」の結果、いまや日本は米国の「属国」だ。戦後日本は平和憲法と日米安保を逆回りの両輪にして、米国の核の傘の下で経済発展を遂げた。この時点の日本は半独立国ではあったが、少なくとも米国の属国にはなっていなかった。バブル崩壊と冷戦終焉を経て日本は今、長い低迷期にある。持てる者と持たざる者の格差もここへきて急拡大している。人口減少もあいまって国力は衰退しつつあり、東アジアでも、世界でも、日本の存在感は極めて薄い。どうしてこんなことになってしまったのか。

目次

第1章 ずっと一二歳?
第2章 米国依存の超大国
第3章 日本モデルの解体
第4章 ブッシュ世界の日本
第5章 アジアの中の日本
第6章 憲法と教育基本法
第7章 沖縄―処分と抵抗
第8章 核大国・日本
第9章 精神分裂国家か?

著者等紹介

マコーマック,ガバン[マコーマック,ガバン][McCormack,Gavan]
オーストラリア国立大学名誉教授。1974年ロンドン大学博士号取得。日本と東アジアの政治、社会問題を歴史的視点で幅広く把握しようと研究を続けてきた。リーズ大学(英)、ラ・トローブ大学(豪)、アデレード大学(豪)で現代日本史および日中、日韓、日米関係を中心に教え、1990年からオーストラリア国立大学アジア太平洋研究所教授。ネット雑誌「Japan Focus」のコーディネーターもつとめる

新田準[ニッタジュン]
1947年生まれ。上智大学外国語学部ロシア語学科卒。卒業後商社勤め10年間のあいだに、北米からの畜産物の輸入、東欧向けの通信設備・製造プラントの輸出、ウイーン駐在東欧巡回員を経験。凱風社設立メンバー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

たーぼう

1
2007年刊行の本書は、小泉政権と第一次安倍政権の米国一辺倒の政策について、強い異議を申し立てている。第二次安倍政権の暴走ぶりを理解する上で、必読だ。例えば、アーミテージは2007年の報告書で、憲法を改定し、自衛隊の海外派兵を可能にし、武力行使が出来るようにすることを要求している。安倍政権が集団的自衛権の行使容認を閣議決定したのは、米国の要求に忠実に従った結果であることは明白である。また、マコーマック氏は、日本政府が執拗に国民に愛国心を求めていることについて、北朝鮮との類似性を指摘しているが、同感である。2014/09/14

かまどがま

1
民主主義の高い理念をもつ「押し付けられた」日本国憲法の内在する矛盾は主権在民と天皇制の共存にあり、この憲法よりも日米安全保障条約が尊重される事実。冷戦後、米の対アジア政策の変更に伴う日本の役割の変更、新たな「押し付け」たい役割のために過去に「押し付けられた」崇高な民主主義の理念が邪魔になり変更を迫られている現実。「天皇を中心とする」「美しい」日本とはアメリカのATMとされている冷徹な真実が明確になった。本当の危機は急速に進む地球規模の暖化と放射能汚染に総力で取り組むことから目をそらされていること。2013/11/23

Naoya Sugitani

0
2007年に出版された本ながら、既に今日指摘されるような問題を全て指摘している一冊。白井聡や矢部宏治といった後の対米従属を問うような研究も、このマコーマックの水準は超えられていないように思われる。2017/07/21

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