日本軍の毒ガス兵器

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  • サイズ B6判/ページ数 330p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784773629033
  • NDC分類 559.3
  • Cコード C0021

出版社内容情報

〈貧者の核爆弾〉といわれる大量破壊兵器がなぜ開発されてしまったのか、日本国内や中国で今でもしばしば発生する被災事件をどう理解したらいいのか、戦後60年経っても形成されない日本人の歴史認識とこの問題はどう関連しているのか――日本軍が毒ガスという禁断の兵器に手を染めていった過程をモデルケースとして検証することによって、現政府が推進する憲法改正や戦争加担システム構築の持つ〈犯罪性〉も浮かび上がってくる。まずは事実の共有を、と著者は右傾化する日本に警鐘を鳴らす。

はじめに

第1章 毒ガス兵器の研究と開発
 1 第一次世界大戦と毒ガス戦(新兵器が登場した第一次世界大戦/毒ガス戦の幕開け)
 2 日本陸軍、毒ガス研究に着手(欧米列強に追従した毒ガス研究の開始/陸軍科学研究所の設置と毒ガス研究の再開)
 3 ドイツ軍の技術を吸収した毒ガス兵器開発(ドイツの科学者から毒ガス技術を吸収/毒ガス兵器の制式化・製造と、実戦での初使用)
 4 対ソ戦を想定した毒ガス兵器開発と人体実験(満州事変の勃発と毒ガス研究の進展/対ソ戦を想定した毒ガス戦研究と準備の進展/日中全面戦争の開始と毒ガス兵器開発の進展/中国東北での大規模な毒ガス演習/毒ガス兵器の人体実験①/毒ガス兵器の人体実験②/アジア太平洋戦争直前の状況/日本陸軍の毒ガス兵器開発の視点)
 5 アジア太平洋戦争と科学動員による毒ガス兵器開発の展開(「決戦兵器」開発の要望/科学動員の本格化/科学者の動員による毒ガス開発の推進/戦争と科学者/毒ガス兵器開発の終焉――日本の敗戦)
 6 日本海軍の毒ガス研究(陸軍から教わる/海軍の毒ガス兵器研究機関/海軍毒ガス兵器の種類と用法/細菌兵器の研究)

第2章 毒ガス兵器の対応
 1 毒ガス使用禁止を定めた国際法(第一次世界大戦以前の国際法/シベリアでの干渉戦争と毒ガス/ベルサイユ条約と国際連盟の成立/ワシントン会議と毒ガス/ジュネーブ議定書の成立/軍縮会議準備委員会での日本の主張)
 2 日本陸軍初の毒ガス戦台湾霧社事件(陸軍省、催涙ガス弾を台湾軍に交付/日本軍初の実戦使用)
 3 「満州事変」とジュネーブ一般軍縮会議での日本の態度(陸軍省、関東軍の毒ガス交付要請を拒否/ジュネーブ一般軍縮会議の開催/「満州国」の成立と陸軍省の態度の変化/催涙性ガスの使用許可へ)
 4 欧米列強の毒ガス戦備(『帝国及列国の陸軍』にみる欧米諸国の毒ガス戦備/イタリアとドイツの毒ガス/毒ガスをめぐる陸軍の態度の変化)

第5章 日中全面戦争と毒ガス戦の展開
 1 催涙性ガスの使用とより強力な毒ガス兵器使用の要求(本章の課題と毒ガス戦の時期区分/日中全面戦争の開始と催涙性ガスの使用/第二次上海事変と毒ガス/中国軍の毒ガス戦能力の調査/南京攻略戦で毒ガス戦に傾く/南京戦での毒ガス戦計画と昭和天皇)
 2 積極的進攻作戦でのくしゃみ性・嘔吐性ガスの使用(徐州会戦でのくしゃみ性・嘔吐性ガス体実験)
 4 毒ガス戦をめぐる日米の確執アメリカ軍の毒ガス戦計画と日本軍(アメリカ軍内部で対日毒ガス戦論が台頭/毒ガス戦の抑制と報復的毒ガス戦準備/大陸打通作戦での毒ガス戦/毒ガス戦の中止へ/アメリカ軍の対日毒ガス戦計画/中国側の研究による毒ガス戦の被害者数と「教訓」)

第7章 なぜ日本軍は毒ガス兵器に依存した戦いをおこなったのか
 1 日本軍の毒ガス戦の特徴(本章の課題/毒ガス戦の特徴――対国民政府軍と対八路軍とでの違い/「作戦要務令」にみる日本軍の毒ガス戦の戦闘原則)
 2 毒ガス戦に対する参謀本部の意識(「大陸指」からどのような背景が読み取れるか/毒ガス兵器の使用にともなうリスクをどう考えていたか/イタリア軍・日本軍の毒ガス戦と国際勢力)
 3 毒ガス兵器からみた日本軍の諸相(日本軍と毒ガス兵器① 派遣軍の毒ガス兵器にたいする意識/日本軍と毒ガス兵器② 陸軍の軍事思想と毒ガス/日本軍と毒ガス兵器③ 歩兵の銃剣突撃と「あか筒」/日本軍と毒ガス兵器④ 火力装備の低さの問題/日本軍と毒ガス兵器⑤ 中国戦線の日本軍の実態)
 4 日中戦争をめぐる陸軍中央の動向と毒ガス戦(日中戦争の勃発と不拡大

はじめに

 戦前日本の軍事力は自衛のためではなく膨張政策の手段として成長し、敗戦によって崩壊したが、戦争がもたらした「負の遺産」はいまなお今日の私たちに課題を残している。満州事変・日中戦争・アジア太平洋戦争という一連の戦争で何が起きたのかをきちんと検討するとともに、そこから何を学ぶべきなのかを考えなければならない。戦争に斃れ、傷ついた人々の痛み、悲しみ、苦しみ、無念、怒りや、大切な人を失った悼みなどを無にしてはならないのである。本書が対象とする日本軍の毒ガス兵器の問題もそのひとつに他ならない。

 本書は次の問題意識に基づいて日本軍の毒ガス兵器をめぐる諸問題を検証することを試みている。まず、歴史的事実の解明という課題である。戦後、日本軍の毒ガス戦の問題は、極東国際軍事裁判(東京裁判)での免責とともにその実態が秘匿され、粟屋憲太郎氏(立教大学教授)と吉見義明氏(中央大学教授)らによる新資料発見の報道がなされる一九八四年にいたるまで歴史の闇に埋もれていた(また、同年には松村高夫氏らによって毒ガス人体実験の報告書が発見されている)。これは、この問題がそれだけ重いテーマであるということをよく示しているといえ軍の毒ガス問題は過ぎ去った遠い昔の話ではなく、まさに現代の問題なのである。

 このような問題意識に基づいて本書は、毒ガス戦の実態をめぐる議論だけに終わるのではなく、毒ガス兵器という視点からみた日本軍や近現代日本の姿についての検討を試みたいと思う。具体的には、日本軍による毒ガス兵器の開発や製造・教育の実態、毒ガス製造や訓練に関わった日本の人々の被害の問題、日本の民間の毒ガス防護レベルの低さの問題、なぜ日本軍は毒ガス兵器に依存したのかという問題、そして、今日まで被害が及ぶ遺棄毒ガス兵器の問題と、毒ガスの歴史が封印されるに至った経緯や歴史資料の問題などを前述の問題意識に立脚して検討する。


 本書の基本をなしているのは、筆者が二〇〇一年二月に完成させた修士論文「日本陸軍による化学兵器の配備・実戦使用と陸軍中央」である。この論文は、日本軍の毒ガス兵器の研究・開発・製造・教育・使用・配備・遺棄などについて、拙いながらも包括的な検討を試みたものである。本書は、この修士論文を大幅に整理・加筆するとともに、その後の研究成果や新しく発見した資料などを盛り込んだものである。

 ここで本書が使用する資料について特に吉見義明氏の非常に優れた先行研究に学んだ点が多く、氏が発見された資料も本書では活用させていただいている。吉見氏によって日本軍の毒ガス戦に関する本格的な研究が開始されたと言っても過言ではない。

 実は、本書の原稿(第一案)が完成した翌月の二〇〇四年七月に、吉見氏は研究成果の集大成として『毒ガス戦と日本軍』(岩波書店)を出版されたが(これを受けて私は、原稿に必要なリバイズを加えることとした)、これは膨大な資料を博捜・分析された上での他に類例を見ない詳細な研究になっているので、日本軍の毒ガスに関心のある方は参照されたい。

 しかし、吉見氏の著作では、日本軍の毒ガス戦と米軍の対日毒ガス戦計画および戦後の免責などについての詳細な実証研究という強さがある反面、その背景をなす日本軍の諸問題やなぜ中国で毒ガス兵器を多用したのかについての深い考察、兵士を含む日本の人々も毒ガスに傷ついたという問題、民間企業や科学者が果たした役割、戦後の日本軍関係者による歴史の封印の問題などについて、いまひとつ充分に論じ切れていないという印象を感じる。本書は吉見氏の著作と同じテーマを扱っているうえに、吉見氏とは資料の相互交換などを、行を改めた。読みにくいと思われる漢字には読み仮名をつけた。算用数字は一部漢字に直してある。さらに、〔  〕は筆者による注を示す。

 また、引用文中、□は筆者の能力不足で判読できなかった文字を示している。なお、人物の肩書きや身分は、特に断らない限りは当時のものである。

戦後60年経っても公開されない戦争犯罪実証資料。事実を隠し続ける日本政府とそれを容認してきた私たちの歴史認識。臭い物に蓋をしていては絶対に平和は達成されない。

内容説明

毒ガスという大量破壊兵器から見た日本軍と戦争の実態。歴史の闇に葬られた史実を解き明かし、その背景と過去から現代にいたる負の遺産を検証。

目次

第1章 毒ガス兵器の研究と開発
第2章 毒ガス兵器の製造と教育
第3章 一般国民と毒ガス
第4章 毒ガス使用禁止をめぐる国際的な動向と日本軍の対応
第5章 日中全面戦争と毒ガス戦の展開
第6章 アジア太平洋戦争期の毒ガス戦
第7章 なぜ日本軍は毒ガス兵器に依存した戦いをおこなったのか
第8章 戦後史のなかの日本軍毒ガス兵器問題

著者等紹介

松野誠也[マツノセイヤ]
1974年埼玉県生まれ。明治大学大学院博士後期課程(日本現代史)。15年戦争期の日本を対象に、戦争の実態の検討や戦争体験の持つ意味などを考察する立場から、主として軍事に関わる諸問題を研究している
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