出版社内容情報
東南アジア・南アジア各地で見られる開発の事象を丹念に考察。開発が現地の人びとに及ぼした影響に目を向け、「開発をする側」ではなく「開発をされる人びとの側」からの人類学構築を目指す。人類学が開発援助にどのように貢献できるのかを模索した一冊。
国立民族学博物館「機関研究」の成果刊行について(松園万亀雄)
まえがき(信田敏宏)
第1章 人類学からのメッセージ――所収論文解題(信田敏宏/真崎克彦)
第 I 部 筋書きを超える事業結果
第2章 筋書きを超えて「持続」する開発事業――ネパールとブータンの参加型ガバナンスの批判的考察(真崎克彦)
1 はじめに――視座の設定
2 ネパールの「ローカル・ガバナンス・プログラム」
3 ブータンの「分権化支援」
4 結論――「持続」状況への着目のすすめ
第3章 ジェンダー・プログラムが織りなす新たな関係性――北インド農村の事例(菅野美佐子)
1 はじめに
2 調査地の概要
3 プログラムがもたらす姉妹関係
4 差異の生成過程
5 「頼る」、「世話をする」相互関係の形成
6 おわりに
第 II部 「犠牲者」救済の社会背景
第4章 開発の風景――マレーシア先住民オラン・アスリの事例(信田敏宏)
1 はじめに
2 オラン・アスリの概説
3 「開発の犠牲者」としてのオラン・アスリ
4 ドリアン・タワール村の開発
5 おわりに
第5章 熱帯雨林のモノカルチャー――サラワクの森に介入するアクターと政治化された環境(金沢謙太郎)
1 サラワクの森――開発最前線と人類学
2 ポリティカル・エコロジー論の視角
3 熱帯雨林に介入するアクター
4 政治化された環境
5 熱帯雨林のモノカルチャー
第III部 「国際的」な基準と「ローカル」な価値
第6章 開発を翻訳する――東ティモールにおける住民参加型プロジェクトを事例に(辰巳慎太郎)
1 はじめに
2 NGOの概略――市民運動から国際協力事業へ
3 東ティモールにおける住民参加型プロジェクト
4 開発を翻訳する
5 おわりに
第7章 開発に巻き込まれる「子ども」たち――バングラデシュ農村社会における「子ども」の定義をめぐって(南出和余)
1 はじめに
2 現代社会の「子ども」の定義
3 バングラデシュの制度における「子ども」
4 日常のなかの「子ども」
5 おわりに
第 IV部 「する側」と「される側」のもつれあい
第8章 市民社会と先住民族――フィリピン・ミンダナオにおける先住民族支援NGOの設立と活動(玉置真紀子)
1 サンパロック村から
2 フィリピンのNGOと南部ミンダナオ概況
3 先住民族支援NGOの設立と活動
4 考察
5 再びサンパロック村から
第9章 開発と「村の仕事」――スマトラ、プタランガン社会におけるアブラヤシ栽培をめぐって(増田和也)
1 はじめに
2 プタランガンと調査地の概況
3 大規模開発の概要
4 開発を拒む
5 アブラヤシ栽培の不均衡な受容
6 主体的なアブラヤシ栽培へ
7 おわりに
あとがき(真崎克彦)
索引
まえがき
本書は、国立民族学博物館の機関研究「文化人類学の社会的活用」のプロジェクト「日本における応用人類学展開のための基礎的研究」(二〇〇四年度~二〇〇八年度、代表者・岸上伸啓)の成果のひとつである。このプロジェクトに連動する形で、共同研究「開発と先住民族」(二〇〇五年度~二〇〇七年度、代表者・岸上伸啓)が実施された。したがって本書は、民博の共同研究の成果でもある。
本書のもととなるシンポジウムは、共同研究「開発と先住民族」の枠組みを利用して、二〇〇七年七月七~八日に実施された。この共同研究「開発と先住民族」の目的は、世界各地の開発援助と先住民族の関係を比較検討することであった。こうした共同研究の趣旨から言えば、アジア地域の開発をめぐる問題は、避けて通ることができない事象である。なぜなら、今日、アジア地域の開発については、文化人類学や社会人類学に限らず、国際協力、地域研究、開発経済学、医療、さらに自然系・工学系などさまざまな分野で盛んに議論がなさ4れているからである。実際に、日本の政府援助機関(JICAなど)、そして、NGO、民間などによる開発援助も、その多くはアジア諸国に対して集中的に実施されてきたし、現在もいろいろな領域で実施されている。
こうした状況を踏まえて、シンポジウムでは、共同研究の趣旨を視野に入れつつアジア地域の開発をめぐる問題を議論することとした。とくに今回は、東南アジア・南アジアを専門とする研究者の方々に報告を依頼して、世界の各地域を専門とする共同研究会のメンバーと対話しながら、さまざまな検討を加えていくという形をとった。
一般に公開する形で実施されたシンポジウムでは、とくに、開発と人類学の関係性について、活発な議論が展開された。開発援助に対して人類学がどのような貢献ができるのかということは、共同研究を開始したころからの大きな課題でもあった。
それぞれの報告に対して、実際に開発を実践しているメンバーからもコメントがなされ、東南アジアや南アジアの開発をめぐって熱の入った討論が行われた。彼らが人類学に期待しているのは、個々の開発プロジェクトの案件がソフトランディング(着地)するための情報やアドバイスを提供してもらうということであった。すなわち、現地事情や文化に詳しい人類学者に求められているのは、開発プロジェクトをスムーズに進めるための助言ということである。
報告者の多くは、研究者ばかりでなく、開発実践者に対しても、報告者が対象としている社会の現状をわかりやすく説明してくれた。それは、あらかじめ報告者に依頼していたプレゼンテーションの仕方でもあった。つまり、通常の研究報告とは異なり、開発実践者に対するプレゼンテーションというものを想定した報告を主催者側から事前に依頼していたのである。この意味で、主催者側としてはシンポジウムは成功したと思っているが、その反面、予想外の展開も見られた。それは次のようなことである。
報告者の一人である辰巳(福武)慎太郎氏は、東ティモールでの開発プロジェクトに参加した経験を、苦労話を交えながら率直に語った。東ティモールの社会や人びとが開発によってどのような影響を受けたのかを報告するのではなく、開発実践者としての経験を語るという形の報告は、主催者側の意図とは異なるものであり、正直なところ少し戸惑いを感じるものだった。しかし、彼の報告に対しては、フロアーから、とりわけ開発を実践している側から好反応があったのである。
あとになってよく考えてみれば、主催者側が想定したプレゼンテーションは、開発を実践する側の観点に立てば、アカデミックすぎて違和感のあるものだったのかもしれない。東南アジアや南アジアの開発の現状は、彼らにとっては既知のことであり、今さら人類学者によって指摘されるほどのことではなかったのである。むしろ、実際に開発プロジェクトに関わり、そこでのいろいろな経験を語った辰巳氏の報告こそが、彼らにとって共感を抱くことができるものだったのだろう。
開発を実践している人たちは、開発をスムーズに進めるための具体的な方法などについて研究している。すなわち、開発のプロセスについて検討を加えていくことが、彼らが言うところの実践的な研究である。つまり、開発をする側の論理や方法について研究していると言えよう。一方、人類学者は、開発のプロセスについて検証する人もいるが、開発される人びとの生活の変容に焦点を当てた研究をしている人のほうが圧倒的に多いのが現状である。
辰巳氏の報告を通して感じたのは、開発を対象とする際の、実践者と研究者の視点のズレのようなものであった。こうしたズレは、今後両者が対話を続け、互いに歩み寄ることによって解消されるのかもしれない。あるいは、対話を続けても平行線をたどるだけなのかもしれない。
しかしながら、こうした問題が浮かび上がってきたのも、シンポジウムのひとつの成果であったと私は考えている。報告者の方々が、シンポジウムで持ち帰った各々の課題は、本書のなかでうかがい知ることができるであろう。
(…後略…)
目次
人類学からのメッセージ―所収論文解題
第1部 筋書きを超える事業結果(筋書きを超えて「持続」する開発事業―ネパールとブータンの参加型ガバナンスの批判的考察;ジェンダー・プログラムが織りなす新たな関係性―北インド農村の事例)
第2部 「犠牲者」救済の社会背景(開発の風景―マレーシア先住民オラン・アスリの事例;熱帯雨林のモノカルチャー―サラワクの森に介入するアクターと政治化された環境)
第3部 「国際的」な基準と「ローカル」な価値(開発を翻訳する―東ティモールにおける住民参加型プロジェクトを事例に;開発に巻き込まれる「子ども」たち―バングラデシュ農村社会における「子ども」の定義をめぐって)
第4部 「する側」と「される側」のもつれあい(市民社会と先住民族―フィリピン・ミンダナオにおける先住民族支援NGOの設立と活動;開発と「村の仕事」―スマトラ、プタランガン社会におけるアブラヤシ栽培をめぐって)
著者等紹介
信田敏宏[ノブタトシヒロ]
国立民族学博物館研究戦略センター准教授。専攻、社会人類学、東南アジア研究
真崎克彦[マサキカツヒコ]
清泉女子大学地球市民学科准教授。専攻、地球市民論、グローバル化時代の文化混淆、社会変容と開発協力(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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