アメリカのベトナム人―祖国との絆とベトナム政府の政策転換

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  • サイズ A5判/ページ数 368p/高さ 22cm
  • 商品コード 9784750329277
  • NDC分類 334.453
  • Cコード C0036

出版社内容情報

難民として祖国ベトナムを後にしアメリカに定住する在米ベトナム人の数は140万人を超える。彼らに対するベトナム政府の政策転換―敵視路線から民族融和路線への転換―の要因は何か。国内政治からだけではなく、在米ベトナム人とベトナムの関係性から検証する。

  凡例

第I部 序論
 第1章 研究の目的
 第2章 先行研究
  ベトナム研究
  在外ベトナム人に関連する諸研究
  調査の方法
  本書の構成

第II部 ベトナム戦争の終結と難民
 第3章 ベトナム戦争と越僑
  フランス植民地化と越僑
  ベトナム戦争期の「「民族」の大団結」
 第4章 ベトナム戦争終結とアメリカ定住
  戦争終結と国外脱出
  アメリカの受け入れ政策
 第5章 ボートピープルの発生――一九七五年以降のベトナム
  南部の社会主義化
  中国との関係悪化
  ボートピープルの特徴
 第6章 ベトナム人コミュニティの形成と発展
  リトル・サイゴンの形成
  反ベトナム共産党運動の勃興

第III部 送金・物資の仕送りとベトナムへの影響
 第7章 仕送り・送金ネットワーク
  仕送り(物品)
  送金
 第8章 物資のベトナムへの流入と影響
  ベトナムの経済状況と送金
  情報網の確立

第IV部 ベトナムの変容、在米ベトナム人の変容
 第9章 ベトナム共産党の政策転換
  ベトナム共産党指導部内での議論
  ドイモイ政策の開始と対越僑政策の改正(一九八七~)
 第10章 対越僑改正政策への在米ベトナム人の反応
  各改正政策に対する在米ベトナム人の当初の反応
  送金額の増加
  在米ベトナム人の一時帰国ブーム
  反共組織・反共主義者の変化
 第11章 対在外ベトナム人政策改正とその反応
  「和平演変」論
  在外ベトナム人の不満
  越僑から「在外ベトナム人」へ(一九九四)
  投資関連の改正
  送金関連の政策
  不動産関連の政策
  一時帰国関連の政策改正
  在米ベトナム人一時帰国者の傾向

第V部 在米ベトナム人のベトナム政府観、ベトナム政府の「民族」観
 第12章 在米ベトナム人の反共活動とベトナム政府観の変化抗議行動(デモ)とアメリカ選挙
  在米ベトナム人のベトナム政府観と「サイゴン・ナショナリズム」
  在米ベトナム人政治とトランスナショナルな活動
 第13章 ベトナム政府の「民族」観国籍法改正(一九九八)
  ベトナム選挙への参加
  共産党政治局の在外ベトナム人関連の決議(二〇〇四)
  変わる「民族」と「「民族」の大団結」論

第VI部 結論
 まとめ
 政策転換の理由
 在米ベトナム人への影響
 ベトナム政府の「民族」観への影響
 トランスナショナルな活動の限界と意義

第VII部 巻末資料
 1 データ
 2 法令(ベトナム)
 3 決議(アメリカ)

第VIII部 参考文献

  あとがき

第1章 研究の目的(一部抜粋)

(…前略…)

 本稿は、このベトナム政府の政策転換に至る要因を検証する際、ベトナムの国内政治からだけではなく、在米ベトナム人とベトナム間の関係性、具体的に言えばヒト、モノ、カネ、情報の往来といった相互関係から分析する手法をとっている。なぜならベトナム側の理由だけではなく両者の相互作用があってはじめて政策転換に至ったと考えるからである。
 今も抗議行動を行っている在米ベトナム人に対してベトナム政府が政策転換するという一見矛盾することをしているのはなぜなのか。一九八六年以降進めてきたドイモイ政策や冷戦の終結の結果行われたと見られがちである。かつて在米ベトナム人が難民として出国した背景や、受入先のアメリカとベトナムの間が長らく国交正常化されず、直通電話や直行便もなく、ベトナムへの入国が不可能であった現実を考慮すれば、両者の間には断絶期間があり、その間に両者間に交流があるのは不可能であったと表面的には見える。
 しかし、このような見方では「対立」と「断絶」の水面下にあった現実が見えない。そして「対立」から「同胞」と態度を変化させるまでの空白の期間を埋めることもできなければ、先の矛盾した問いに答えることもできない。ベトナム政府の在米ベトナム人への政策転換は、ベトナム政府の一方的な理由と働きかけによって突如出現したものではなく、表面上の「対立」や「断絶」の水面下で形成されたヒト、モノ、カネや情報の総合的なネットワークによって政治的決断や政策転換へ波及した変化の積み重ねとして捉えられるべきである。
 ヒトの流れの大規模化に伴い、国境を越えるヒト・モノ・カネの研究も盛んになった。しかし従来の研究では、ヒトの流れが多様化したといっても移民の定義を拡大させ労働者や留学生などが定住国に長期化するパターン、つまり出身国から受入国への人の流れの多様性を中心に議論されていた。ティリーは、アメリカへの移民は、従来言われてきたような移民後受入国に定住するタイプだけでなく、1.植民地型マイグレーション、2.強制型マイグレーション、3.循環型マイグレーション、4.連鎖マイグレーション、5.職業型マイグレーション、の五つのタイプに分けこれらの混合型も含む五つ全てがあてはまると述べているが、出身国と受入国を往復する循環型は、出身国→受入国への一方的な流れのみの連鎖型に移行する場合も多くみられるとし、出身国から受入国への流れはあまり重要視していない。小倉は移民を「国境を越えて生業の本拠地を移動させる人およびその人に随伴する家族」と定義し、そこに難民や定住・永住をしない労働者は含めるが、旅行者、留学生、巡礼者、企業の海外派遣は含めていない。
 これに対し本稿で使用する「ヒトの流れ」には、難民・移民としてベトナムから出国するヒトの流れに加え、短期の旅行や数ヶ月単位の滞在を含めたベトナムへ戻るヒトの流れも含めている。ベトナムと彼らの定住国の間の経済格差および一時期彼らが帰国できなかった反動による里帰り数の多さを考慮すると、一時帰国でもベトナムへの経済的政治的影響が大きいからである。
 また現代の送金に関する研究では、送金ルートの実態の解明や、送金の出身国経済への効果や経済発展への重要性が主な対象であり、それがどう出身国の政治に波及するかには触れられていない。
 本稿では、ヒトや情報の移動と並んでカネやモノの移動も、本国の政策に影響を与える重要なネットワークの一つとして取り上げ、送金や物資仕送りの経済的効果のみではなく、政治面への効果についても検討する。祖国と受入国の距離が遠く、一時期国交もなかったベトナムの場合に、送金ネットワークの実態を明らかにした上で、その祖国およびコミュニティ形成に経済的・政治的にどのような役割を果たしたかについて実証的に研究する。
 現代のグローバリゼーションと政治に着目したアンダーソンは、故郷から遠く離れ、受入国で安定した身分と定住生活を維持しながら彼らの出身国の政治動向に介入する人々について、彼は「遠隔地ナショナリスト(または遠距離ナショナリスト)」と命名している。これらの遠隔地ナショナリストは世界的に増加傾向にあり時に過激な事件を引き起こしているが、故郷から離れ守られた環境におり実際の代償を払う可能性が少ない分無責任になりがちであると同時に、彼らの祖国に対するナショナリズム活動は受入国でエスニック・アイデンティティを形成する基盤になり、遠距離ナショナリズムはこうした意識に根ざして行われているということを指摘している。
 アンダーソンは、彼らが時にカネ、武器や情報ネットワークを形成し出身地へ送り込み、それが予想もつかない結果を引き起こす可能性があるとしているが、彼の着目点は、それよりもこうした祖国に対するナショナリズム運動が彼らの受入国でのエスニシティ形成を強化促進するという点にあるように思われる。しかしアンダーソンの指摘は十分に検証されているとは言いがたい。この側面について本稿では第10章および特に第12章で議論している。
 このように本稿では、循環するヒト、モノ、カネ、情報の流れが出身国の経済だけでなく政治に与えた影響に着目し、政策転換とネイションの変容を両者のトランスナショナルなネットワークを通じた相互作用から検証していく。それは、これまで自明であった「在米ベトナム人とベトナム政府の対立」という構図を崩すだけでなく、それらが国民や民族という枠組みに影響を及ぼす現代の国際社会の一側面を提示するであろう。

目次

第1部 序論
第2部 ベトナム戦争の終結と難民
第3部 送金・物資の仕送りとベトナムへの影響
第4部 ベトナムの変容、在米ベトナム人の変容
第5部 在米ベトナム人のベトナム政府観、ベトナム政府の「民族」観
第6部 結論
第7部 巻末資料
第8部 参考文献

著者等紹介

古屋博子[フルヤヒロコ]
1971年東京生まれ。1994年聖心女子大学文学部卒業、1996年慶應義塾大学法学研究科政治学専攻修士課程修了、1996年東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程入学。1996年から1998年まで文部省アジア諸国等派遣留学生としてベトナム国家大学ホー・チ・ミン市留学。2000年から2002年、日本学術振興会特別研究員(DC)。2003年同課程満期退学。2003年から2006年、日本学術振興会特別研究員(PD)。2006年博士(学術)学位取得。神田外語大学、京都大学非常勤講師等を経て、現在ギャラップ株式会社勤務(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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