出版社内容情報
不世出の英傑チンギス・カン。彼がなしとげたモンゴル高原の統一という世界史的事件の原動力になったものとは? モンゴル人が自身の思考と言葉で書いた『元朝秘史』という第一級史料を読み込むことにより、かれらの精神文化・世界観からそのなぞを解明する。
1 いくつかの議論――本論に入るまえに
1 『元朝秘史』はどのような書物か
2 『元朝秘史』をどう読んだか
3 『元朝秘史』の舞台
2 遠い祖先とその時代
1 説話とチンギス・カンの祖先
2 モンゴル高原の歴史
3 孕ませる父と生みなす母
3 モンゴル部族の夜明け
1 立ち上がるモンゴル部族
2 テムジンの宿命
4 チンギス・カン、時代を先駆ける者
1 高原の新しい風
2 高原の統一へ
5 大モンゴル国の建設
1 一条の手綱のもとに
2 中央集権化の道
あとがき
1 いくつかの議論――本論に入るまえに(抜粋)
本書の性格
本書は、モンゴル高原とその周辺の地域を歴史的にも文化的にも分割できない一つの「世界」ととらえ、十三世紀以前にそこに活躍した人びとの歴史を集団の歴史として理解しようと試みたものである。
従来、この地域この時代の歴史世界はとくに中国と関連づけられ、しかも政治史的に理解されてきた。本書では少し見方をかえて、その「世界」自体にどのような固有の歴史的運動があったかを明らかにしようとした。時代がもっぱら十三世紀以前にかぎられるのは、焦点をチンギス・カンという一個の人格の形成と一二〇六年のモンゴル高原の統一、すなわち大(イェケ)モンゴル国(ウルス)の成立の過程に絞っているからである。
政治史でない本書はたしかにチンギス・カンを扱ってはいるが、その性格上長い時間の経過のなかに変化していった社会の歴史を、根本史料が語ることに静かに耳を傾けて淡々と書くことに力を注ぐ結果となった。したがって読者が標題から一人の英雄が繰りひろげた華やかな事件史を期待するとすれば、少なからず失望するかもしれない。まして権力を恣(ほしいまま)にした猛々(たけだけ)しい人物の姿をもとめて読むと、それとはちがった人間像が描かれていることを知って驚くにちがいない。
では政治史(事件史)に代表される実証的な歴史学の本でもなければ、文学的効果を狙った作品でもない本書は一体なにをめざしているのか。このことをもっと明確にしておくためにつぎに、本書の主題とそれとどう取り組んだかということについて十分議論しておきたい。
本書の主題とその扱い方
まず主題であるが、このことは本書につけた標題『チンギス・カンの源流』の意味をはっきりさせる方法で行なうのがよいだろう。そのとき鍵となるのは「源流」という語(ことば)の意味である。
「チンギス・カンの源流」という言葉は、本書が主題を追求するために全面的に依拠(いきょ)した史料である『元朝秘史(げんちょうひし)』という書物の書き出しの最初の語句であり、「源流」という語は、そのなかのモンゴル語の「フジャウル」という単語の訳である。フジャウルはおおもと、根源、あるいは根を意味する(小澤重男『元朝秘史全釈』風間書房)。「チンギス・カンの源流」というとき、一般にこれを祖先の意と解することもできるが、ここではそのようにとらえては“ものの根本”という本来の意味を見失うおそれがある。
本書の主題はこのフジャウルという語の本来の意味と密接にかかわる。すなわち、チンギス・カンをチンギス・カンたらしめた根源的なものは一体なにか、という問題を探求することが本書の主題である。いいかえれば、この不世出(ふせいしゅつ)の英傑(えいけつ)がなしとげたモンゴル高原の統一という世界史的事件の原動力となったものはなにか、その動因を明らかにするのが本書の目的である。
(後略)
目次
1 いくつかの議論―本論に入るまえに(『元朝秘史』はどのような書物か;『元朝秘史』をどう読んだか;『元朝秘史』の舞台)
2 遠い祖先とその時代(説話とチンギス・カンの祖先;モンゴル高原の歴史;孕ませる父と生みなす母)
3 モンゴル部族の夜明け(立ち上がるモンゴル部族;テムジンの宿命)
4 チンギス・カン、時代を先駆ける者(高原の新しい風;高原の統一へ)
5 大モンゴル国の建設(一条の手綱のもとに;中央集権化の道)
著者等紹介
佐藤正衞[サトウマサエ]
1944年東京生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。近代社会・経済思想史を専攻。近代ドイツの非合理主義思想や生の哲学を学ぶ。ユーラシア大陸規模のアジア・アジア人論を歴史、文化、宗教、さらに心理学を含む幅広い視点から問うことを生涯テーマとする。横浜市在住(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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