明石ライブラリー
ブータンにみる開発の概念―若者たちにとっての近代化と伝統文化

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  • サイズ B6判/ページ数 368p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784750323350
  • NDC分類 601.258
  • Cコード C0336

出版社内容情報

国民総幸福量(Gross National Happiness)というユニークな開発政策を貫くブータン政府のもと、近代化と伝統文化の狭間で揺れ動く若者たちの本音から、援助を受ける側の開発概念を導き出す。

第1章 序
第2章 開発学理論の系譜
 1 理論的出発点
 2 言説分析を超えて――ブルデューの適切性
 3 ブータン――概観
第3章 フィールドワーク
 1 場所と文脈
 2 サンプリング
第4章 開発政策における伝統文化
 1 五カ年計画とその他の政府文書
 2 教育政策と伝統文化
第5章 西洋化と伝統文化
 1 多層的言説の文脈
 2 近代化と伝統文化に関するさまざまな見方
 3 世代を超えた議論――「無議論の世界」を探る
第6章 結び
 1 グローバリゼーション
 2 結論
あとがき
参考文献
索引


 本書は、いわゆる発展途上国の政府とそこに住む人々が「近代化」と「伝統文化」についてどのように考えているかを考察したものである。それは、実際に「開発」が行われる場に住む発展途上国の人々とその国の政府の視点から、開発を理解しようとする試みである。本研究の場はブータン、そして、焦点はブータンの若い世代である。
 このような研究テーマを取り上げた経緯は大きく二つある。一つ目は、ヒマラヤの小国ブータン、とりわけその開発政策との出会いである。私がブータンに興味を抱いたきっかけは一九九三年九月のある新聞記事であった。それには、環境保護や自国の伝統とバランスをとりながら進めていこうとしているブータン政府のユニークな開発政策が紹介されていた。当時、国際関係論を勉強し、いわゆる第三世界の開発に大いに興味をもっていた筆者にとって、それは大変に知的好奇心をそそられる事例であった。しかし、ブータンについての文献は非常に少なく、このヒマラヤの小国のユニークな試みについて知識を深める機会にはすぐには恵まれなかった。
 二つ目は、開発に対する筆者自身の素朴な疑問に始まっている。それは、「いわゆる発展途上国に住む人々は本当に『開発』を望んでいるのだろうか?」というものである。先進諸国は長年の間、発展途上国における開発に携わり、そして多くの場合、開発のイニシアティブをとってきた。しかし、そこには「発展途上国の人々は『開発』を望んでいるのだ」という前提(思い込み)があったのではないだろうか。実際、誰か今までに発展途上国に住む人々に訊いたことがあったのだろうか。この疑問に対して、シュレスタ(Shrestha)は以下のように書いている。
 
われわれは一九五〇年代初頭から「開発」を実践しており、貧しい人々はそのような「開発」を望んでいるといまだに主張している。しかし、その貧しい人々は本当に助けを必要としているのか、西洋型の「開発」を望んでいるのかなどと尋ねられたことは一度もないのである(1995: p. 276)。

 筆者は、開発はその地域の文化に規定されるところの大きい概念であり、実際に生活する人々が良い生活やより良い生活をどのように思い描いているのかという観点を大いに取り込むべきであると感じていた。人々が開発や近代化、そして自分たちの伝統や文化をどのようにみているかという点を理解しなければ、開発は西欧の価値観を非西欧社会へ押しつけることにすぎなくなってしまう。そして、開発の理論と実践がこうした人々の視点を取り入れない限り、「開発は偽善である」という批判を免れることは難しいと筆者は感じていたのである。しかし、大学院修士課程で読んだ開発学の文献に筆者は少なからず失望していた。筆者が抱いていたこのような問題意識を満足させてくれるほど、開発の文化的側面を詳細に研究した文献は多くはなかった。近代化論もマルクスの影響を受けた開発理論も開発の経済的側面を強調しすぎるきらいがあったし、開発を伝統社会から近代社会への変容と捉える単線的な考え方は、現実の世界の多様性を考えるにあまりに硬直したもののように思えたのである。
 そのようなとき、ブータンに関する非常に限られた文献のなかから、筆者は「国民総幸福量(Gross National Happiness)」という概念を知った。これはブータン政府が自国の開発の究極の目標としているものである。幸福という一見、主観的で、ややもすると曖昧な印象を与える単語が政府の政策目標に使われていることに、首をかしげる人もいるかもしれない。また、この抽象的な概念に賛同はしても、その実際性には疑問を呈する向きもあるだろう。「国民総幸福量」という概念は非現実的な理想家、快楽主義者の考えと映ることもあるのかもしれない。ある人々は、幸福は非常に個人的な事象であって、開発政策にはなりえないと主張するのかもしれない。しかし、「国民総幸福量」の増大に邁進し、近代化と伝統文化のバランスを維持することを重視し、人間の生活のなかでの非物質的側面の重要性を強調する政策をもつ政府が現実に存在するのである。
 解明すべき疑問はたくさんあった。ブータンの開発政策は歴史的にどのような変遷をたどっているのか。農業や教育、保健などのセクターごとの詳細はどのようになっているのか。ブータンに住む普通の人々は近代化や自分たちの伝統文化についてどう考えているのか。
 このような問題意識から生まれた本書の中心的なテーマは、「文化」と「伝統」の意味であり、これらの用語が国家(政府)や一般の人々によってどのように使われているのかというものである。また、開発の文脈において文化について語ることは近代性(modernity)について語ることでもあり、その点で、本書は近代化と開発に関する研究でもある。本書はこれらのテーマに関して、言説分をそのもっとも広義の解釈において用いることとし、近代化や文化の意味、およびその用いられ方の背景やある種の「動機」を考察する。また、政府と草の根という二つのレベルの言説の関わり合いも検証する。本書では、一社会におけるさまざまな意見を紹介し、また、各々の見方の背後にある動機(ある意見をもつに至る個人的、社会的な背景)も説明することを試みる。これは「本質化された表象(essentialised representation)に対してこれまで出されてきた批判を考慮してのことである(「本質化された表象」に対する批判の内容は後の章で詳しく紹介する)。さらに、これらの言説をブータンを超えたより広いグローバリゼーションの文脈のなかに位置づけることを試みる。
 「表象(representation)」は、筆者にとって、大きな問題であった。それは開発の意味は開発の恩恵を受ける人々によって定義されなければならないという確信からきている。当初、他の社会を表象することは、表象する側の希望、想像、期待、偏見を必然的に伴うものであり、従って、その社会に属する人々による表象のほうがより正確で、本物であるように思われた。フィールドワークの期間中、そして、本書を著している間も表象は大きな問題であり続けている。しかし、それは以前と違う意味をもちつつあるようである。現在の問題は、さまざまな要素が複雑に絡み合った現実をどのように線状の叙述にするか、日常生活の複雑さを、現実を一般化し余計なものを取り去った理論とどのように関連づけるか、一つの文化をもう一つの文化にどのように「翻訳」するか、ということに向いている。他者を表象する立場になったために、問題はより実際的な面に向けられたのかもしれない。筆者の抱える表象の問題は正確さや本物であるかどうかではなくなってきた。フィールドワークの経験を通じて、一つの社会のなかでさえ、人々は他者について形式化された形で語るということを知った。さらに、筆者の個人的経験として、七年間の海外生活を経験した筆者自身の日本の表象と、海外生活を経験していない友人たちの日本の表象は違ってきていることを感じている。結局、語る人の数だけ表象があり、それぞれの表象は、その限界の範囲内において、多かれ少なかれ正確なのである。重要なのは、その表象が行われる過程における限界を明確に示すことである。本書において、この点は第三章で詳しく扱う。
 ブータンが開発計画を始めたのは一九六一年のことであった。以来、近代化の進行に伴い、ブータンの伝統文化の保護はブータンの人々にとっても、政府にとっても大きな関心事となっている。近代化に直面するなかでブータン政府は伝統文化の保護に大きな努力を続けており、それは、中国とインドという大国に挟まれている地政的な状況からブータン人がある意味の危機感を常に抱いていることと関係している。ブータン政府は自国のユニークな文化を国家主権を維持するための武器として位置づけ、その発展を推し進めている。ブータンの第八次五カ年計画(一九九七-二〇〇二)は、小国にとって確立された文化的アイデンティティは国家の安全を維持し強化していくうえで重要な手段になると述べてい(Ministry of Planning, 1996: pp. 25-26)。この文脈において、ブータンの伝統文化は後進性よりも、開発、近代化、西欧化、国家のアイデンティティ、国家主権などという問題と強く関連し、これらの問題の議論の中心となっている。そして、近代化や伝統文化をわれわれが論じるとき、ブータンが特別に知的好奇心を呼び起こし、議論に新たな視点をもたらしてくれるのはまさにこの点においてなのである。
 本書において使われるデータは、主に一九九七年から一九九八年にかけて行ったフィールドワークに基づくものである。フィールドワークの期間中、多くの政府関係者、そして若い世代の人々が聞き取り調査に参加してくれた。若い年齢層に焦点を絞ったのは、フィールドワークをめぐるさまざまな状況が大きな理由の一つである。その詳細は第三章で触れることとするが、焦点の絞り方においては理論的な問題意識というよりも、実際的な理由が先であった。しかし、フィールドワークを進めるうちに、このフォーカスは理論的な問題という面からも、適当なものであるということが明らかになっていった。ブータンでは、若者たちは近代教育やメディアを通じて外国文化にもっともさらされている人々としてみられており、そのために、彼らは近代化や伝統文化に関する言説の中心となっていたからである。若者たちを取り巻く社会状況や彼らが受けた教育は、古い世代の人々が経験したものとはまったく異なるとみられている。世代間ギャップは広がる一方であるといわれ、古い世代の人々は、若者たちがブータンの昔話や歴史よりも、西欧の映画により魅力を感じていることを嘆いている。本書は、このような古い世代の見方が若者たちの間ではどのように受け取られているのか、若者たちは自分たちをどのようにみているのか、そしてこのような世代間の異なった見方が社会のなかでどのように関わり合い、作用しているのかについて考察する。また、若者たちの間での異なるアイデンティティについても検証する。
 さまざまな言説を検証するにあたって、ピエール・ブルデューの理論的枠組みを用いることとする。これは、純粋に分析の道具として用いるものであって、ブルデューの理論自体を検証することは本書の目的には含まれない。
 本書の構成は以下の通りである。本章に続く第二章は、本書の議論の出発点を開発理論とブータンの現状の両面から明らかにすることを目的とし、三つの部分から構成される。最初に、本書の問題意識と関連する開発の諸理論を検討する。ここでは、「開発の多様な選択肢(development alternatives)」を扱った著作と、言説分析を用いて開発について論じた諸研究に特に焦点を当てる。また、表象とオリエンタリズムの問題も考察し、さらにオリエンタリズムの鏡像(あるいは裏側の像)ともいえるオキシデンタリズムについての議論や多層的言説(multiple discourse)に関する主要な研究も検討する。本書の後半において、ブータンにおける近代化と伝統文化の言説をグローバリゼーションの議論のなかで検討するが、この第二章ではそのグローバリゼーションに関する一般的な議論について紹介する。同章第二節ではブルデューの理論的枠組みを紹介し、第三節ではブータンのおかれた地政学的な状況と、教育制度について簡単に紹介する。
 第三章は本書が基づいているフィールドワークの手法について検討する。フィールドワークの文脈全般について詳しく紹介するとともに、サンプリングの手法やその他の情報源についても考察する。
 第四章と第五章はブータンにおける開発の言説に関する章である。第四章では、主にブータン政府内での開発に関する言説を取り上げる。前半は開発政策における伝統文化の位置づけに焦点を当てながら、五カ年計画やその他の開発政策において、「開発」にどのような意味づけが行われているかを考察する。また、ブータンの開発哲学ともいえる国民総幸福量の概念に関しても詳細に検証する。後半は教育政策に焦点を当てる。教育政策は開発政策と若者たちを結びつける接点であり、また、政府の政策のなかで若者という一つのグループがどのように捉えられているかを知る点でも重要である。この章の結論部分においては、西洋の開発の言説がブータン政府の開発に対する考え方にどの程度影響を及ぼしてきているかを考える。
 第五章では、ブータンの若者たちの間での開発に関する言説を検証する。英語教育、ゾンカ語教、僧院教育というブータンの三つの教育方式に関連づけながら、若者たちのもつ近代化および、伝統文化についてのさまざまな見方を考察する。この章では、本章後半で分析される若者たちの間での言説の理解を助ける目的で、若者たちがおかれている異なった社会状況および、彼らがたどりうる進路について説明する。このなかで、異なった教育方式と成績がどのように進路に影響するかを明らかにする。本章では次に、近代化、西洋化、「外界に触れること(exposure)」、伝統文化といったブータンの文脈における開発の言説のキーワードを「解体(deconstruct)」する。ブータンでは開発は近代化や伝統文化に対する異なった見解がぶつかる巨大な「場」となっていることを先に述べたが、本章では、異なった見方と若者たちが受けている教育の種類との関連を考察する。若者たちは、彼らが受ける教育の種類によってまったく違った知識や言語を習得する。従って、異なった種類の教育が若者たちの西洋に関する異なった見方を生み出すのに、一定の役割を果たしていることは当然予想できることである。本書は異なる言語やカリキュラムが若者たちの外国への接触、彼らの描く西洋のイメージ(ブータンのオキシデンタリズム)、そして近代化、伝統文化に関する考え方にどのように影響を及ぼしているかを考える。本章の最後の部分では、ブータンの開発に関する言説のうち、ブルデューの理論的枠組みにある「ドクサ(the universe of undiscussed)」の概念にあたる部分を分析する。ドクサとは社会の構成員全員によって当たり前ととられている部分であり、従って社会のなかで議論が行われない、共通の認識にあたる部分である。本書において、ブータンの開発の言説におけるドクサは若者たちが自分たちの見解を年長者に対して、また、自分たちとは違った見解をもつ若者たちに対してどのように正当化しているかを検証することによって見出される。
 第六章は本書を通して行われた考察をまとめ、結論を導き出す。また、ブータンの開発の言説をより大きなグローバリゼーションの文脈のなかで位置づけしてみることにする。本書はこれまであまり研究されてこなかったブータンの国家と社会の一面を理解する試みであり、同時にブータン政府の、そしてブータン人の開発に対する理解を検証することにより開発の概念一般の理解に寄与しようとするものである。

目次

第1章 序
第2章 開発学理論の系譜
第3章 フィールドワーク
第4章 開発政策における伝統文化
第5章 西洋化と伝統文化
第6章 結び

著者等紹介

上田晶子[ウエダアキコ]
開発学博士。国連開発計画(UNDP)ブータン事務所調整補佐官、英国国立ロンドン大学東洋アフリカ学院客員研究員。専門分野は開発言説、人的資源開発。学習院大学法学部政治学科卒業(1993年)、英国国立ランカスター大学政治・国際関係論学部大学院ディプロマ課程卒業(1994年)、英国国立ロンドン大学東洋アフリカ学院開発学部修士課程修了(1995年)、同学院開発学部博士課程修了(2001年)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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