出版社内容情報
オーバーステイとなったバングラデシュ人が日本人女性と結婚し、「在留特別許可」を獲得するまで。実体験に基づき、「在特」取得までの手続き・仕組みを詳細に語る。「資料」として、多岐にわたる手続きに使われたすべての書類の内容を掲載した。
イントロダクション
本書にかんする用語メモ
1 取材に出かけて、恋に落ちて――出会いから結婚まで
[1] 出会い
きっかけ/中山荘/「敵意」の理由/彼らは機会がほしいんだ/シャヘドの抗議/再会/アジア人として見られるということ/軍隊が憧れの職業になる国
[2] 日本語学校への疑念
由比が浜/なぜビザの延長申請が拒否されたのか/出席率は改竄された?
[3] オーバーステイ、そして妊娠
シャヘドはついにオーバーステイになり、そして…/オーバーステイでも結婚はできる!/「そんなまっ黒い子どもが生まれてきたらどうするんだ」/中絶/家を出る
2 女(わたし)は仕事、男(シャヘド)は家庭――婚姻届提出前後
[1] 中山荘の日々
二人の生活がはじまった/アパート探し
[2] 婚姻届
婚姻に必要な書類/婚姻届の提出/「披露宴」/婚姻届が受理された
[3] 在留特別許可申請の準備
弁護士の見通し/自主出頭で用意した書類
3 長い闘いの始まり――入管への自主出頭、違反調査、仮放免
[1] 違反調査の開始
自主出頭/「収容します」/違反調査の二回目/違反調査の三回目/抜きOT WHAT I WAS.
[1] もう、かつての自分はいない
その後を予感させたはじまり/もうバングラデシュには戻れない
[2] 家族と生い立ち
インドから移住した母の家族/父母の結婚/父の「再婚」/空軍・進学・就職、そして日本へ
[3] 同国人たちの支え
日本語学校/ウッジョルの誘い/入管の摘発と“ジャーナリスト”/在留資格が更新できない/アシフのジョーク
[4] 在留特別許可は最低限の権利
在留特別許可をとるまで/性差別発言にあきれる/法律に違反したものには人権など認めない、という発想/在留特別許可は出ても/日本と日本人のイメージ
資料
参考文献
在留特別許可、その後――あとがきにかえて
[補遺1]一九九九年成立、二〇〇〇年に施行された改定入管法・外登法が意味するもの
[補遺2]東京都知事の「三国人」発言――日本には無数の「石原慎太郎」がいる
「分断統治」とバックラッシュのなかで――新版のためのあとがき
内容説明
一九八八年七月にオーバーステイとなったバングラデシュ人が日本人女性と結婚し、夫婦として当たり前の生活を手に入れるために、法務省入国管理局が求める退去強制を拒否し、一九八九年十二月に法務大臣裁決による在留特別許可取得に成功して正規の在留資格をふたたび手に入れるまでの闘いをまとめた当事者による記録。
目次
1 取材に出かけて、恋に落ちて―出会いから結婚まで
2 女は仕事、男は家庭―婚姻届提出前後
3 長い闘いの始まり―入管への自主出頭、違反調査、仮放免
4 入管法は憲法の上にある?―違反審査
5 口頭審理、そして在留特別許可へ
6 I AM NOT WHAT I WAS.
著者等紹介
シャヘド,サーム[シャヘド,サーム][Shahed,S.A.M.]
1962年バングラデシュ(当時は東パキスタン)・クルナ生まれ。ラジシャヒ大学理学部卒。88年に初来日、89年在留特別許可を取得し今日にいたるパイオニアケースメーカーとなる。現在、コンピュータネットワークエンジニアとして東京都内の欧州系多国籍企業に勤務。母語のバングラ(ベンガル)語のほか英語・ヒンディ語・ウルドゥ語・アラビア語・日本語を解す
関口千恵[セキグチチエ]
1962年東京都生まれ。早稲田大学法学部卒。ジャーナリスト。法律専門誌や一般各紙誌で内外の人権問題を幅広くカバー(「境分万純」名義)するほか、南アジアやイスラーム報道にも重点を置く。国際結婚の相談をボランティアで受けるとともに地方自治体・法律家団体・市民団体などでの講演も行なう
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