ケアの倫理とエンパワメント

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ケアの倫理とエンパワメント

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  • サイズ B6判/ページ数 226p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784065245392
  • NDC分類 904
  • Cコード C0095

出版社内容情報

自己と他者の関係性としての〈ケア〉とは何か。
強さと弱さ、理性と共感、自立する自己と依存する自己……、二項対立ではなく、そのあいだに見出しうるもの。ヴァージニア・ウルフ、ジョン・キーツ、トーマス・マン、オスカー・ワイルド、三島由紀夫、多和田葉子、温又柔、平野啓一郎などの作品をふまえ、〈ケアすること〉の意味を新たな文脈で探る画期的な論考。

本書は、キャロル・ギリガンが初めて提唱し、それを受け継いで、政治学、社会学、倫理学、臨床医学の研究者たちが数十年にわたって擁護してきた「ケアの倫理」について、文学研究者の立場から考察するという試みである。(中略)この倫理は、これまでも人文学、とりわけ文学の領域で論じられてきた自己や主体のイメージ、あるいは自己と他者の関係性をどう捉えるかという問題に結びついている。より具体的には、「ネガティブ・ケイパビリティ」「カイロス的時間」「多孔的自己」といった潜在的にケアを孕む諸概念と深いところで通じている。本書は、これらの概念を結束点としながら、海外文学、日本文学の分析を通して「ケアの倫理」をより多元的なものとして捉え返そうという試みである。(本書「あとがき」より)





内容説明

強さと弱さ、理性と共感、自立する自己と依存する自己…、二項対立ではなく、そのあいだに見出しうるもの。自己と他者の関係性としての“ケア”とは何か。ヴァージニア・ウルフ、ジョン・キーツ、トーマス・マン、オスカー・ワイルド、三島由紀夫、多和田葉子、温又柔、平野啓一郎などの作品をふまえ、“ケアすること”の意味を新たな文脈で探る画期的な論考。

目次

序章 文学における“ケア”(“ケア”の価値が看過されるわけ;ネガティヴ・ケイパビリティと共感力 ほか)
1章 ヴァージニア・ウルフと“男らしさ”(病気になるということ;負の「男らしさ」を手放す ほか)
2章 越境するケアと“クィア”な愛(ケアの倫理と民主主義;同性婚が認められない社会とオスカー・ワイルド ほか)
3章 弱さの倫理と“他者性”(ケアの倫理が問い直す正義論;ロマン主義時代におけるケアの倫理 ほか)

著者等紹介

小川公代[オガワキミヨ]
1972年和歌山県生まれ。上智大学外国語学部教授。ケンブリッジ大学政治社会学部卒業。グラスゴー大学博士課程修了(Ph.D.)。専門は、ロマン主義文学、および医学史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

ころこ

45
「100分deパンデミック論」で、著者が『ダロウェ夫人』がスペイン風邪による死者を追悼していると論じていた。第1章で『ジェイン・エア』の読まれ方と対照をなしていると、やはりウルフが論じられている。序文は女性視点の問題が社会学的に、あまりにも率直に書かれている。序章の終わりにある「強さと弱さ、理性と共感、あるいは自立型の自己と依存型の自己のあいだに、いまだ言語化されない不可視のものを見出すことはできないだろうか」という問いに向き合う。ちょうど『おいしいごはんが食べられますように』で女性に向けられた視線を内面2022/10/22

フム

43
育児や介護などのケア労働の多くは女性が担い手であり、社会全体でそれらのケアを引き受けるような政策を取らないかぎりは、今後もこの状況は変わってはいかない。そのためフェミニズムの思想は女性達がケア労働を自ら進んで担うことに批判的だった。そういう批判は社会の公正や正義につながるとわかっていても、女性の一人としてはつらく聞こえることもある。しかし、長い間軽視されてきたケアという活動が、今、問い直されているという。グローバルで多様な価値を認めようとする社会においては、他者を阻害し犠牲にするような絶対的な正義ではなく2021/09/18

ケイトKATE

34
小川公代を知ったのは『100分deパンデミック』に出演した時だった。そこで、ヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』をケア小説という形で紹介していたことに驚いた。2020年、新型コロナウイルスの世界規模のパンデミックによってケアの存在が浮かび上がった。しかし、依然として自助や自己責任が優先される今、ウルフをはじめ様々な文学作品から、ケアの意味を読み取っている。ケアは看護や介護するにとどまらず、自分の弱さを認め、他者の苦しみや痛みを知ることもケアを理解する一歩であるという小川公代の考察は新鮮であった。2023/10/24

呼戯人

19
ケアの倫理を論じるというよりは、ケアの視点からイギリス文学と日本文学を例に取って家父長制や男性中心主義を批判する表現を解説したもの。ヴァージニア・ウルフやトーマス・マン、T・S・エリオット、キーツやコールリッジ、そして日本の三島由紀夫、多和田葉子、さらには平野啓一郎などを取り上げ、論評しながら、ネガティブ・ケイパヴィリティ、多孔的自己、クィアな愛などを肯定的に捉える。ケアの本質については、また別の論考が必要だろうが、文学の中にこれほどケアの視点が入り込んでいることに驚いた。2024/03/03

jackbdc

14
オーディブル再読。ケアの倫理という言葉を初めて知った。フェミニストが中心になって発展させた比較的新しい概念であるという。何となく有機的で進化生物学的な匂いを感じた。二項対立で捉えると面白い対比構造が描ける事を知り興味が沸く。上手く行かない現代社会に欠落する要素を炙り出せるのだろうか。例えばマッチョな男性社会、全てを数値換算し損得勘定にまみれる資本主義社会に対して、カウンターの一発をお見舞い出来るのか正直分からないが期待してしまう。もっとも十分には理解出来なかったので今後さらに考えてみたいと思った。2022/05/08

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