出版社内容情報
ナチの強制収容所からの脱走四日目。包囲網が狭まるなか、自動車工ゲオルクは思案する。狂気と暴力、怯えと密告が広がる社会で、いったい誰が信頼できるのか? 人間の弱さと希望を描ききるドイツ抵抗文学の代表作。(解説=保坂一夫)
内容説明
ナチの強制収容所からの脱走4日目。体力の限界、自殺、自首などで、一人また一人と脱落。包囲網が狭まるなか、自動車修理工ゲオルクは思案する。狂気と暴力、怯えと密告がはびこる社会で、いったい誰が信頼できるのか?家族、友人、収容所の所長など、さまざまな立場から立体的に描かれるその作品は、人間の弱さと希望を描ききる。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
だんたろう
44
長い逃亡劇だった。強制収容所からの七名の脱走者、逃げるものと匿うもの、それを追うもの。極限に近い生活状況の中で、さらに追い込まれた逃亡者に手に汗握る。主人公はスターではなく、むしろいけ好かない人物である。そこにリアリティがあり、ありふれた市井の人々の息詰まる生活が見事に描かれている。この作品の本当の値打ちは分厚いあとがきにあるのかもしれない。暗く悲惨な世の中を告発するため、数奇な運命をたどって出版された経緯が記されている。ナチスを扱った作品の中でも、あの頃のドイツを強烈に描いた必読作品だと思う。2019/06/29
Nobuko Hashimoto
26
ナチの強制収容所から政治犯が逃亡した事件を下敷きに書かれた。主人公はそんなに魅力的には思えないのだけど、かつての仲間は危険を押して彼を救う。タイトルには十字架とあるが、彼らを動かすのは宗教や信仰ではなく、政治的信念や仲間との連帯。ゼーガース自身、ユダヤ人かつコミュニストだったため、逃亡、亡命を余儀なくされた経験あり。非常に多層的に緻密に構成された小説。読みごたえあり。報告担当の学生も手ごたえを感じたよう。ゼミの様子はブログに。https://chekosan.exblog.jp/29825082/2019/12/12
ザビ
10
傑作。本屋で何気なく手に取った偶然に感謝したいほど。レーダー、フィードラー、クレス夫妻、へルマン、ラインハルト…ほんのわずかな接触で意思確認しながら、ゲオルグの逃走支援を地下活動で連携していく男たちとその妻。【蒸し団子のレシピを聞きに俺の女房をお前のところへ行かせる。うまくいったら美味しく召し上がれ、うまくいかなかったら食べ過ぎないように、と伝えてくれ】圧倒的なゲシュタポ包囲網と市民スパイの監視に恐怖葛藤しながらも、文字通り「生死をかけて」逃走経路を繋いでいく。この重圧と緊迫感が場面ごとに刺さってきます→2020/02/01
Tomoko.H
9
信じられるのは誰か、話していいのは誰なのか…旧友、同僚はおろか兄弟にも売られかねない恐怖。元の仲間が一人ひとり悩み考え、密やかに行動にでる。脆く不安な危ない橋を渡り続け、ついに脱出船へ__。スパイを恐れて、或いは相手の思惑を恐れて誰にも何も話すこともできないって、しんどいよね。国家権力の恐怖に屈する普通の人々を責められないとも思う。ゲオルグと、それを助ける者たちの苦悩と逡巡、とても心動かされた。 2023/05/10
ポテンヒット
9
全編に渡って静かで重い空気が漂っている。当時のドイツの雰囲気がこんな風だったのだろう。権力が空気のように人々の生活や心の中に入り込み、人間の弱さを突く。けれど、どんなに統制しようとしてもしきれない人間の意志も存在する事が僅かな希望となっている。アルディンガーの場面は悲しかった。また、ナチの下士官ツィリヒの描写に、彼は戦争に心を安らかにするものを発見した。彼は血を見て凶暴になるのではなく、落ち着くのだとあり、恐ろしく感じた。2021/12/08