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ピアノタイリクヨーロッパ 19セイキシミンオンガクトクラシックノタンジョウ ジュウキュウセイキシミンオンガクトクラシックノタンジョウ
ピアノ大陸ヨーロッパ―19世紀・市民音楽とクラシックの誕生
西原 稔【著】
アルテスパブリッシング
(2010/04/25 出版)
286,8p / 19cm / B6判
ISBN: 9784903951027
NDC分類: 763.2
価格: ¥1,995 (税込)
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詳細
1 一九世紀とピアノ社会(市民社会の誕生と音楽;産業化社会のなかのピアノ;ピアノの時代の開幕;ピアノ教育の一九世紀 ほか)
2 ピアノ音楽風土記(パリ;ウィーン;ロンドン;ベルリン ほか)
ノクターンと一九世紀のピアノ文化
あとがきにかえて ポスト“クラシック”時代のピアノ文化をもとめて
●内容紹介
(版元ドットコムより)19世紀の最先端科学技術の粋を結集した工業製品、ピアノ。
PART 1では、ピアノの発展、ピアノ音楽創作の歴史をとおして、当時の産業化社会が市民文化を創出し、現代のわたしたちが楽しんでいる「クラシック音楽」を生みだした過程を明らかにする。
PART 2では、パリやウィーン、ロンドン、ベルリン、ライプツィヒなど、個々の都市や国での個性あふれるピアノ音楽にスポットをあてる。
終章では、19世紀ピアノ音楽のもっとも特徴的なジャンル、「ノクターン(夜想曲)」をとりあげて、当時の社会のあり方やひとびとの美意識がどのように反映しているのかを考察する。
全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)のホームページでの連載「
ピアノの19世紀」を全面的に改稿し、単行本化。
●目次
(版元ドットコムより)はじめに
Part 1 19世紀とピアノ社会
第1章 市民社会の誕生と音楽
「鉄」と「家庭」の19世紀
制度社会とクラシック音楽
産業化が生みだした「余暇」
市民階層と合唱文化
身分の象徴としてのピアノ
ピアノ文化と合唱文化
ピアノ文化と規約社会
「クラシック」の誕生
宗教化する市民社会
カタログを埋めつくす大衆的ピアノ小品
第2章 産業化社会のなかのピアノ
チェンバロからピアノへ
バッハやハイドンの作品はどんな楽器で演奏されたのか?
作曲家たちに愛奏されたクラヴィコード
ピアノの大量生産がもたらしたピアノ音楽の変容
技術革新とともに変化をつづけるピアノ
万博とピアノ
つぎつぎに出願される特許
産業化社会の寵児となった作曲家たち
鉄の文化とピアノ(1)──音域拡大と構造上の課題
鉄の文化とピアノ(2)──スタインウェイ社の技術革新
鉄の文化とピアノ(3)──鉄のフレームの工法と材質
第3章 ピアノの時代の開幕
音楽雑誌の登場
音楽雑誌に掲載された新譜案内
市場価値をうしなったピアノ・ソナタ
女性とピアノ
都市ごとに異なる音楽趣味
第4章 ピアノ教育の19世紀
ライプツィヒ音楽院の理想
男女で異なるカリキュラム
19世紀社会における「女性」の位置
女性教育としてのピアノ教育
音楽学校でのピアノ教育と女性の社会進出
第5章 社会のなかのピアニスト
鍵盤楽器奏者の身分と地位
職業としてのピアノ教師
ピアノ教師の国家資格
Part 2 ピアノ音楽風土記
パリ
エラールとプレイエルが切りひらいた19世紀パリのピアノ文化
19世紀前期フランスのピアノ音楽作曲家たち
ピアノ教育の系譜
音楽雑誌にみるパリのピアノ音楽
外国人の作品をひろめた楽譜出版社
ウィーン
ベートーヴェンの楽譜出版とウィーンのピアノ文化
変奏曲から行進曲へ
ベートーヴェン時代のドイツ語圏の楽譜出版事情
ウィーン音楽史の転換期としての1830年
ウィーンの音楽雑誌にみるピアノ作品の出版傾向
チェルニーとウィーンのピアノ教育
ロンドン
ヨーロッパ最大のピアノ音楽消費国、イギリス
クレメンティとクラーマー
19世紀前期ロンドンの作曲家たち
音楽雑誌にみる音楽趣味の変遷
ソナタから変奏曲へ
音楽雑誌と社会階層
ベルリン
ピアノ導入の先駆者、フリードリヒ大王
19世紀ベルリンの音楽サロン
ベルガーとその弟子たち
音楽批評と音楽学校
『ベルリン音楽新聞』の創刊号にみる19世紀初期のピアノ作品
ライプツィヒ
音楽出版の町、ライプツィヒ
聖トーマス学校演奏会とモーツァルトの協奏曲
バッハ再評価に貢献したライプツィヒ
シュナイダー一族の活躍
プラハ
ボヘミア音楽の歴史と国民主義の高まり
プラハ・ピアノ音楽の発展
サンクト・ペテルブルク
クレメンティとサンクト・ペテルブルク
フィールドの貢献
ヘンゼルトとロシア・ピアニズム
コペンハーゲン
ヨーロッパの音楽文化の交差点
ピアノ文化の始まり
ゲーゼとコペンハーゲンのピアノ音楽
音楽雑誌にみるコペンハーゲンのピアノ文化
「クラシック」が根づいたコペンハーゲンの音楽環境
ストックホルム
強国スウェーデンの音楽環境
投稿作曲家と地元作曲家の活躍
編曲作品の隆盛と音楽の大衆化
アメリカ
ヨーロッパ文化の入口、ニュー・イングランド
ゴッチョークとアメリカ民俗音楽へのまなざし
19世紀後半のアメリカのピアノ音楽
マクダウェルの登場
ヨーロッパ伝統の継承とアメリカ音楽のはざまで
イタリア
クリストフォリとイタリア・ピアノ音楽の伝統
ピアノ音楽作曲家、ドニゼッティ
ドイツ音楽へのまなざし
スペイン
スカルラッティ以後のスペイン・ピアノ音楽
アルベニスのピアノ作品が描いたスペイン
グラナドスとファリャ
ロドリーゴのピアノ作品
中南米の作曲家のピアノ作品
終章 ノクターンと19世紀のピアノ文化
19世紀に登場したさまざまなジャンル
ノクターン文化の始まり
遅いテンポの美学
ソナタの中間楽章が獲得した新たな意味
夜の音楽
ペダルの美学
ノクターンの源流としての協奏曲の第2楽章
フィールドのノクターンのもつ多様な音楽世界
ノクターンの表現語法
フィールドとショパン
ノクターンとロシア・リリシズムの系譜
19世紀後半のフランスに花開いたノクターン
フォーレのノクターンとサロン
サティとドビュッシー
あとがきにかえて──ポスト〈クラシック〉時代のピアノ文化をもとめて
グローバリゼーションとピアノ文化
クラシックとポピュラーの結節点としてのピアノ
19世紀音楽の暗黒大陸、ヨーロッパに光をあてるために
●本書より
(版元ドットコムより)はじめに
●一九世紀という暗黒大陸
一九世紀という時代は一種独特の魅力を発しています。
この時代はノスタルジックな感傷に満ちているとともに、私たちの時代に近い、とても現実的な側面ももちあわせています。その点、バロックと古典派の時代である一八世紀は、私たちの現実からは少し遠い感じがしますし、未曾有の大変革とホロコースト(ユダヤ人大量殺戮)がおこなわれた二〇世紀は、かえって生々しすぎます。
この愛すべき一九世紀の音楽は、じつはピアノ音楽を含めてわからないことだらけです。一九世紀のとくに一八三〇年代を過ぎるころから、ピアノが市民社会に普及するようになり、ピアノ人口は爆発的に増大していきました。人々の娯楽の限られていたこの時代において、ピアノは人々に最高の娯楽を提供する道具でもありました。しかし、この時代に生みだされた音楽作品の全体像は現在、ほとんどつかみきれていません。
こんにち、私たちの日ごろ親しむピアノ音楽の少なくとも半分以上は、一九世紀音楽であるといっても過言ではないでしょう。ピアニストにとってシューベルトやシューマン、メンデルスゾーン、リスト、ブラームスなどのドイツ=オーストリアの作曲家、ポーランドのショパン、ロシアのチャイコフスキー、ムソルグスキー、北欧のグリーグなどの作曲家の作品は基本レパートリーとなっており、名曲として親しまれています。
ところで、ここでいくつか疑問も生じます。これらの作曲家の作品は、一九世紀のいわば「音楽地図」のどこに位置しているのでしょうか。それに、そもそも当時の音楽の現状はどうなっているのでしょうか。
たとえば、世界の音楽の中心としての地位を誇ったはずの一九世紀後期のドイツ=オーストリアにおいて、ピアノ音楽の作曲家はどうしてブラームスとリストだけで、そのほかのレパートリーがあまり残っていないのでしょうか。さらに、ピアノの普及率がもっとも高かったイギリスのピアノ音楽はどうなっているのでしょうか。多くのイギリスの作曲家がピアノ作品を残していますが、それらの作品はこんにちでもまったく闇の中です。また、一九世紀末になるまで、イタリアのピアノ音楽の作曲家の名前を耳にすることはほとんどないのは、イタリアではピアノが普及していなかったということなのでしょうか。
一八世紀の音楽について私たちは、RISM(Rpertoire Internationale des Sources Musicales 『国際音楽史料集成』)という資料をとおしてかなり詳細に知ることができます。二〇世紀についても、時代が近いこともあって、直接の資料が身近に残っており、作曲家だけではなく音楽活動についてもある種の現実感があります。その点、一九世紀の音楽の実情については、まったくわかっていないというのがほんとうのところでしょう。
一九世紀のさまざまな音楽雑誌に掲載されている新譜案内や、ドイツで刊行されたウィストリンクやそのあとを継いだホフマイスターの出版カタログをみると、その天文学的に膨大な作品出版点数に圧倒されてしまいます。私たちのまったく知らない作曲家の聴いたこともない作品が無数に記載され、なにかラビリンス(迷宮)に迷いこんだかのような錯覚すらおぼえます。しかし、これが一九世紀の現実です。私たちが生きる現代の原型ともいわれ、いまなおもっとも鑑賞する機会の多い一九世紀音楽こそが、私たちにとって未知の暗黒大陸といっても過言ではありません。
出版目録からも明らかなように、一九世紀後半のドイツにおける楽譜出版は、けっしてブラームスとリストだけではありません。また、イギリスの音楽雑誌をみますと、音楽史の本には記されていないさまざまな作曲家の魅惑的なタイトルの作品がならんでいます。近年、うずもれた作曲家を発掘する企画がさまざまにおこなわれていますが、一九世紀のピアノ音楽を理解するには、「埋もれた名曲の発掘」という発想とは別の、もっと広く深い視野も必要なのでしょう。それは、「一九世紀においてピアノ音楽とはなにか」、さらに「一九世紀における音楽と社会の関係」という総括的な視点です。
●闇≠ノ埋もれた無数の「天才」作曲家たち
音楽雑誌や出版カタログに記載された作品を、現在の私たちが追跡調査しようとした場合、とても大きな困難に出会います。
私は以前、シューマンのおこなった音楽批評に掲載された作品全体について、楽譜資料の探索をこころみたことがあります。シューマンは、ピアノ音楽やピアノを含むアンサンブル作品についてじつに多数の批評をおこない、ある作品には高い評価をあたえ、ある作品は酷評し、ある作品は激励し、ある作品には失望を表明しています。彼の批評において「天才」という判断をくだされた作曲家は、ショパンやブラームスだけではなく、さまざまに存在するのです。それら多数の作曲家の作品を追跡調査しようとこころみたのですが、批評された作品の多くはドイツの大学図書館や州立図書館には所蔵されておらず、その所在がつきとめられませんでした。どうして一九世紀の出版譜は、公共機関に保存されなかったのでしょう。上に述べたホフマイスターの出版カタログに記載されている無数の作品に、こんにち私たちが出会うことは、どうやったら可能なのでしょうか。
イギリスの『ハルモニコン』やドイツの『ポリヒュムニア』といった音楽雑誌などの場合も同様です。雑誌に掲載された小品ならまだしも、出版案内に作曲家名と作品名が記載されているだけとなると、もはや闇の中というのが現実です。
作曲家が音楽院などで教鞭をとっていたような場合は、まだ幸運です。その音楽院の図書館に楽譜が残されている場合が多いからです。しかし、フリーで活動していた作曲家の場合は、その作品は大衆市場に広く拡散し、しっかりと保存されることなく、流行がすたれるとうしなわれていく運命にありました。一九世紀の楽譜にもっともよく出会うことができるのが、国立図書館や大学図書館ではなく、むしろ古書店であるという事実は、この時代におけるピアノ音楽の流布のありかたをよく示しています。
「一九世紀は音楽の暗黒大陸である」といったのは、ドイツの音楽学者、フリードリヒ・ブルーメです。一九世紀音楽の全体像を知るだけではなく、ショパンやシューマンなどの作曲家のこんにち愛奏されている作品が、一九世紀の音楽地図のどこに位置しているのかを的確に知り、これらの作品の本質をつかむためには、どうしてもこの暗黒大陸に足を踏みいれなければなりません。それは「隠された名曲の発掘」といった、あたかも古代エジプトや古代ギリシアの遺跡に埋もれた宝物を発掘するような探検とは、まったく趣を異にする作業です。当時の生きた現実の全体像を把握し、生きた息吹のなかにそれら無数の作品をおきなおさなければなりません。そのなかから、シューマンやショパンの音楽が当時の音楽社会においてどのような存在であったのかということへの理解も深まっていきますし、彼らの影になってしまった作曲家の作品への暖かい共感に満ちたまなざしもまた生まれてくるでしょう。
(以下略)
著者紹介
西原稔[ニシハラミノル]
1952年山形生まれ。東京藝術大学大学院博士課程満期退学。現在、桐朋学園大学音楽学部長・教授。18、19世紀を主対象とする音楽社会史、音楽思想史を専攻(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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