内容説明
2010年1月12日、ハイチ大震災。首都ポルトープランスで、死者30万超の災害の只中に立ち会った作家が、ひとつひとつ手帳に書き留めた、震災前/後に引き裂かれた時間の中を生きるハイチの人々の苦難、悲しみ、祈り、そして人間と人間の温かい交流と、独自の歴史への誇りに根ざした未来へのまなざし―メディシス賞受賞の世界的作家、初邦訳。
目次
一分という時間
ようやくにして生活が
静けさ
弾丸
梯子
小さな祝い事
ホテルの従業員
浴室
もの
恋人よ、どこ?〔ほか〕
著者等紹介
ラフェリエール,ダニー[ラフェリエール,ダニー][Laferri`ere,Dany]
1953年、ハイチ・ポルトープランス生まれ。小説家。4歳の時に父親の政治亡命に伴い、危険を感じた母親によってプチゴアーヴの祖母の家に送られる。若くしてジャーナリズムの世界に入るも、23歳の時に同僚が独裁政権に殺害されたため、カナダ・モントリオールに亡命。1985年、処女作『ニグロと疲れないでセックスをする方法』で話題を呼ぶ(89年に映画化。邦題『間違いだらけの恋愛講座』)。90年代はマイアミで創作活動。2002年より再びモントリオール在住
立花英裕[タチバナヒデヒロ]
1949年生。フランス語圏文学。早稲田大学教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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きゅー
11
ハイチ出身の著者は、当時カナダで暮していた。しかし2010年1月12日、偶然彼はハイチにおり、そこで未曾有の大地震を経験した。地震による死者は20万人超。彼は常にに手帳を持ち歩き、身辺のことを書き留める習慣があったが、その内容が本書のもととなっている。一歩の差で生死が分かれた親戚の話。人々が地震という言葉を避けて「あれ」と呼ぶこと。死者の数が増えるに従って、死者の数だけが取り上げられるようになったこと。メディアを通してではなく、彼の直の視線を通じて見えるのは、威厳を失わずに毅然と立ち向かうハイチの人々の姿2021/06/15
moe*
10
たまたま故国ハイチを訪れた直後に歴史的な地震に遭遇した著者。常に黒い手帳を持ち歩いていたことから、被災後も視野に入ってくるものをなんであれ書きとる。悲しみや極度の疲労の中でも、歌を唄ったりダンスをしたり、ハイチの人々の底知れぬ強さや豊かさに感動した。2020/10/04
うえ
6
ハイチ生まれの作家による日記。鋭利な観察眼による悲劇的な実態の記述。「デルマ地区をあいかわらず進んでいく。妹がサイバーカフェを指さした。モニターの前でネットサーファーが突然死しておるのが発見されたところと言う…遠くないところでは、若い娘さんが静かに座って誰かを待っている様子だったが、よく見ると鉄の棒に突き刺されていた…新聞を買うことにする。第一面にハリウッドスターたちが到着したことが報じられている。これほどの歓迎を受け、カメラに取り囲まれて飛行機を降りたら、どんな気分だろうか。なにもかも支援のためなのだ」2023/01/20
asac3310
2
断片的な表現は現地で被災した作者の体験のリアリティを増している。どんな環境でも人々は生きているのだと感じた。2012/06/19
橘
1
散文的だが、美しい詩を読むような響き。この上ない悲劇でありながら、なおも麗しい矛盾に満ちた文章。そしてハイチでは、貧しさゆえに病人はいない。病院に行く費用を持たない人々は、死の直前まで病気を否定し、働き続けるのだ。2015/02/03