感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
NAO
60
『テレーズ・ラカン』完全犯罪に成功したものの、殺したカミーユの亡霊に悩まされ破滅するテレーズとロラン。日が当たらずじめじめしたパサージュ・デュ・ポン・ヌフは、亡霊が登場するにぴったりの舞台だ。だが、何よりおぞましく凄まじいのは、全身不随となったカミーユの母とテレーズたちの関係。初期作品の未熟さが随所に見えるものの、この飛んでもない設定こそがゾラの真骨頂だと思った。2017/10/18
ラウリスタ~
15
訳者があとがきで言うように、この『テレーズ・ラカン』を思春期に読んだら、「なんだこの下劣な小説は!」と激怒して二度とゾラに手を触れないかもしれない。それが1860年代での評価だった。意外にもよく作りこまれて、犯してしまった殺人の恐怖が二人を追い詰める様が見事。マネの作品との関連など面白そう。溺死者カミーユの面影にとらわれることでヘボ絵かきだったロランがいっぱしの「画家」になってしまう展開もなかなか。話題の41ページの注だけは・・・ひどいネタバレになってるから初読者には酷。2016/04/28
ROOM 237
12
つげ義春さんがお好きなのも頷けるゾラさんの、暗さと荒廃っぷりが遺憾無く発揮された表題作。本能と欲求に負けた浮気とは、自己防衛と正当化に逃げ道を見出すものなのか?同族嫌悪に移り変わる瞬間、鏡合わせのような態度と醜態から目を逸らす事が許されない状況…これらがジメついた路地の狭い借家で起こるリアリズムよ。更にモダンホラー要素がふんだんにあり驚いたのだが、ゾラさんは短編でも数話書いてるもんね。辛い作品だけど凄まじいラストが読みきった感あって良かった。2023/12/10
ろべると
3
初期の長編「テレーズ・ラカン」は、冒頭のパサージュ・ポン=ヌフの描写からしてすでにゾラならではの重苦しさに満ちており、本作でテレーズとロランの生理学的な「気質」を観察したのだと言うゾラの発言は、のちのルーゴン・マッカール叢書での姿勢と全く変わるところがない。併せて収められる短編のうち二篇は「テレーズ・ラカン」の習作であり、画家が大作の前にデッサンで構想を練ったのと同じやり方だ。翻訳者は本作とマネの作品との関連を指摘しているが、私にはどちらかというとクールベの作品(オルナンの埋葬など)を思い起こさせる。2022/02/04
のうみそしる
3
解説などでいろいろ言っているが、つまりは一切の物語的予定調和抜きに、こういう気質のやつはこうなる、ということを科学的に描きたかったんだろう。たしかに急に芸術センスが上がったりすんのはなんだかなぁ。ゾラにしては珍しくハッピーエンドな寓話っぽい「コクヴィル村の酒盛り」が良品。2019/03/27