出版社内容情報
『ハイスクール1968』の続編、1970年代=大学編登場。『先生とわたし』では描かれなかった、内省的な大学時代を振り返る。キャンパス内に氾濫した内ゲバ、新宗教調査、映画研究、修士論文執筆に至るまで、70年代という陰鬱な時代を映し出す。
内容説明
内ゲバ、先生とわたし、新宗教調査、映画研究、修士論文執筆…一九七〇年代、若き隠遁者の日々。
目次
ノオトを読む
第1章 荒地のキャンパス
第2章 内ゲバの記憶
第3章 ノオト1972‐1974
第4章 宗教学科に進む
第5章 恣意性と円環
第6章 ノオト1974‐1976
第7章 駒場に戻る
第8章 映画への情熱
第9章 ノオト1976‐1978
第10章 空想旅行の探求
著者等紹介
四方田犬彦[ヨモタイヌヒコ]
1953年生まれ。1972年東京大学文科三類に入学。宗教学を学ぶ。76年に同人文系大学院に進み、比較文学比較文化を学ぶ。博士課程を修了する。ソウルの建国大学、コロンビア大学、ボローニャ大学などで客員教授、研究員を務め、現在は明治学院大学教授として映画史を講じる。映画と文学を中心に、都市論、アジア論、サブカルチャーをめぐって批評活動を行う。サントリー学芸賞、桑原武夫学芸賞、伊藤整文学賞などを受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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柳田
7
四方田氏の『ハイスクール1968』『先生とわたし』に続く自伝で、学部から修士までを描いたもの。途中に、当時に書いたというアフォリズムが挟まっている。やっぱりインテリぶりに圧倒されるところはある。「もう友人など必要がない。私が求めているのは思考の共犯者だけだ」とか、すごい。東大はどうだったのか知らないけど、少なくとも今阪大でこんなこと思っていたらまず友人はできない。時代を感じた。まあ『先生とわたし』が一番面白かった。四方田さんの師匠である由良君美先生の伝記で、もう1代溯ってしまうと時代も感じられないが…2018/02/03
JunTHR
3
『ハイスクール1968』『先生と私』に引き続き、とても夢中で読んだ。とにかく半端でない量の芸術の摂取量に圧倒される。中沢新一、島田裕巳、松浦寿輝、蓮實重彦などなど登場する人名に心踊る。事実関係については批判が多くて“法螺吹き”なんて呼ばれてるみたいだけど、まぁとりあえず読んでる最中はそんなこと気にせず楽しんだ。好きだなぁ。2012/05/03
Meroe
2
大学時代自伝。出てくる固有名詞を追いたくなる。「傷は今でも傷跡として残ってはいるが,傷跡があるということは無事に生き延びたということだ」2009/06/23
Hacchi
1
『先生とわたし』『ハイスクール1968』『すべての鳥を放つ』『われらが「他者」なる韓国』『われらが「無意識なる」韓国』と読んできて、一人の人の人生の回想を通じて知りえない時代や場所の空気の匂いを嗅いでいる気分です。本書の中に、文章の個性は体臭のようなもの、という比喩がありましたが、たしかに、なかなか癖になる体臭です。 2021/11/23
cino
1
70年代。内ゲバこわい。黙壺子「フィルムアーカイブ」じゃなかったかな。あれはアンダーグラウンド上映だったのか。2016/07/13