ぼくたちは戦場で育った―サラエボ1992‐1995

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  • サイズ A5判/ページ数 285p/高さ 22cm
  • 商品コード 9784797672695
  • NDC分類 316.839
  • Cコード C0098

出版社内容情報

1990年代に起きた「サラエボ包囲戦」。その悲惨な市街戦の中で育った若者たち1000人が語る「私の子ども時代」。戦争とはけっして「昔話」「どこかの国の話」ではないことを角田光代の名訳で伝える。

内容説明

1992年から4年間にわたって続いたサラエボ包囲戦は犠牲者の多くが一般市民という、近代史上まれに見る悲惨な戦争でした。山の上からスナイパーが市民を無差別に殺すありさまに国際社会は衝撃を受けました。その戦いが終結してから20年、かつては「戦時下の子どもたち」であった人々もいまや30代前後。サラエボ生まれの彼らに向かって本書の著者ヤスミンコ・ハリロビッチ―彼もまた戦争が始まったときは4歳でした―が呼びかけて出来たのが本書です。SNSを通じて集まった数千のメッセージから厳選してできた本書は、そんな「戦時下の子どもたち」の喜怒哀楽が詰まった1冊。ここに「あなたの知らない戦争」があります。巻末には元サッカー日本代表監督イビツァ・オシム氏(サラエボ出身)の書き下ろしエッセイを掲載。

目次

第1部 サラエボへようこそ!
第2部 あなたにとって、戦時下の子ども時代とは?
第3部 ちよっとだけ長い回想と、思い出の品々
特別寄稿 困難な時期にどう生き残るか(イビツァ・オシム)
ヤスミンコくんのこと―単なる懐古趣味ではなく

著者等紹介

ハリロビッチ,ヤスミンコ[ハリロビッチ,ヤスミンコ] [Halilovi´c,Jasminko]
1988年、サラエボ生まれ。作家、NPO法人URBANアソシエーション代表。4歳のときにサラエボ包囲戦が始まり、「戦場の子ども時代」を過ごす。和平合意成立後、サラエボ第一中等学校在学中に始めた「サラエボ的思考」というブログが評判になり、書籍として出版。同書はボスニア・ヘルツェゴビナで初めての「ブログ本」となった。以後も執筆活動を継続

角田光代[カクタミツヨ]
1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第1文学部卒業。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、98年『ぼくはきみのおにいさん』で坪田譲治文学賞、『キッドナップ・ツアー』で99年産経児童出版文化賞フジテレビ賞、2000年路傍の石文学賞、03年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、05年『対岸の彼女』で直木賞、06年「ロック母」で川端康成文学賞、07年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞を受賞

千田善[チダゼン]
1958年、岩手県生まれ。国際ジャーナリスト、通訳。ベオグラード大学政治学部大学院中退(国際政治専攻)。外務省研修所、一橋大、中央大、放送大学などの講師を歴任。2006年よりサッカー日本代表イビツァ・オシム監督の通訳を務める。2012年より立教大講師(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

ケイ

128
1992-1995年に子供だった若者達の20年後の言葉。その一人だったハリロビッチの呼びかけで。訳は角田光代。子供というのはどこかに希望を抱いているのだと、最後のオシムの寄稿と比べて思った。『1992年冬、もう木がない。本を燃やすか…。本をおしまいまで読んで火にくべた。なんてことだろう。でも明日のパンを焼かなきゃいけなかった』『』親友が殺された場所に、小石を積み上げて記念碑を作り、番をした』『スナイパーから見えないようにするため、街のあちこちに張り巡らされたブルーシート。その下を学校に向かって走る恐怖』2016/12/26

あちゃくん

111
90年代前半サラエボで起こった戦争について、当時子供だった現在20代半ばだった若者が呼びかけて、同世代の若者に子供時代に感じたことをショートメッセージで集めてまとめた本です。子どもたちのささやかな願いが奪われていくのが、多くの人の言葉から読み取れ、胸が痛いです。子どもたちにこういった思いをさせないためにどうすべきか、大人として考えねばと感じました。2015/12/30

扉のこちら側

101
初読。2015年1231冊め。この戦禍の中を生き延び、作中へメッセージも寄せている友人から紹介された本。「国連からの配給が40年前のベトナム戦争の余りの乾パンの時があった」と聞いたことがあり、さすがにそれは間違いだろうと思っていたのだが、この本を読むと同じ証言をしている人がいる。彼らがピーナツバターとチョコレートに執着する理由もよくわかった。巻末にもある通り、これと同じ状況が今もシリアで起こっているんだ。2015/12/21

53
「戦争中に子どもでいるってことは、子どもではいられないってこと!」「おぼえていること、「ママが死んだよ」とパパが言った夜。そして、「きみのパパが死んだよ」という言葉。戦争の馬鹿野郎」1992年から4年にわたるサラエボ包囲戦。当時の子どもたちから集めたメッセージが詰まっています。戦時中であっても、人々の暮らしはそこにあるっていうことをものすごく感じました。2016/01/31

キキハル

28
サラエボのことを何も知らないのだと自覚した読書となった。戦争中に子ども時代を過ごした人たちからSNSに寄せられたメッセージ。その短い言葉に込められた様々な想い。否応なしに大人にならなければならなかった悔しさ悲しさ辛さが溢れている。それでも避難生活の中でわずかな楽しみを見つけ遊ぶ姿に胸が詰まる。戦争はいけない。そんなの当たり前のことだ。その「当たり前のこと」が変化していく時代や思想や世界を憂う。2015/12/18

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