象徴の貧困〈1〉ハイパーインダストリアル時代

  • ただいまウェブストアではご注文を受け付けておりません。
  • サイズ B6判/ページ数 254p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784794806918
  • NDC分類 135.5
  • Cコード C0036

出版社内容情報

技術によって「神に類似するまでになりながら、今日の人間は自分が幸福だと思えない」とフロイトが『文化における不安』の中で指摘したのは一九三〇年のことであるが、以来この「不安」はいや増すばかりである。しかも現代の技術がもたらすのは、オーディオビジュアルやテレコミュニケーションといった人間の感性や認知に直接関わる機器なのだ。まさにそれらの文明の利器によって、フロイトの語った「大衆の心理的貧困」が今や「象徴の貧困」として、かつてないほど深刻になっていることを、フランスの哲学者スティグレールは本書の中で鋭く分析している。
 「物があふれているのに心が満たされない」と誰もが口にしながら、そこから一歩も進めないのはなぜなのか。それは現在の資本主義がまさにその不満を搾取するからである。「本当の自分」「私らしさ」を求めようとすれば、市場はすかさず「あなただけの」「特別な」商品を提示してくる。このような消費、欲望の規格化を繰り返すうちに、その人の市場での位置も価値も定まり、やがて同じような嗜好を持つ者同士の自閉的な、自己批判能力に欠けたグループがあちこちにできあがる。それはもはや「われわれ」と呼べるような共同体――特異な「私」たちの拮抗によってダイナミックに姿を変えていけるような集団ではない。だが「私」の特異性とは本来、何らかの形、痕跡、つまり象徴として外に向けて表現され、「われわれ」のもとにそれが渡った時に初めて意味を持つものなのだ。
 しかし目先の利益のみを追求するハイパーインダストリアル社会は、この象徴的活動、「個」となるための実践の可能性をことごとく奪っていく。それは今の世の中を生きづらくするだけでなく、人類の未来を阻むことにつながるだろう。石油がやがて枯渇するように、このままでは精神という資源が枯渇することは目に見えているのだから。本書でスティグレールが呼びかけるのは、持続可能な欲望を生み出せる技術の在り方を模索することである。そしてその精神のエコロジーのための第一歩は、「文明国」に今はてしなく蔓延する象徴の貧困という現実を、まず「感じる」ことから始まるのだ。(メランベルジェ まき 上智大学教員)

内容説明

未来を生み出す時間が脅かされている。今、「文明国」に果てしなく蔓延する「象徴の貧困」。それはすべての人々にとって逃れることのできない問題である。現代の特殊性をもたらした歴史的傾向を理解するために、本書は一般器官学organologie g´en´eraleと感性の系譜学g´en´ealogie de l’esth´etiqueという概念の輪郭を大まかに示している。

目次

第1章 象徴の貧困、情動のコントロール、そしてそれらがもたらす恥の感情について(感性と政治;消費時代における象徴的なもの―グローバルな象徴の貧困;情動のコントロールと戦争)
第2章 あたかも「われわれ」が欠けているかのようにあるいは、武器をアラン・レネの『みんなその歌を知っている』からいかに求めるか(生きづらさと敬意;感性と治安の悪化 ほか)
第3章 蟻塚の寓話 ハイパーインダストリアル時代における固体化(個の歪みとハイパーインダストリアル時代における固体化の衰退;個と機械 ほか)
第4章 ティレシアスと時間の戦争 ベルトラン・ボネロの映画をめぐって(シネマトグラフ;人を盲目にする像という悪夢 ほか)

著者等紹介

スティグレール,ベルナール[スティグレール,ベルナール][Stiegler,Bernard]
1952‐。デリダの指導で哲学博士号を取得したのち、大学講師を経て、INA(国立視聴覚研究所)副所長、IRCAM(音響・音楽研究所)所長などの要職を歴任。またフランス国立図書館のアーカイヴ化に携わるなど、フランスのメディア政策を主導し、現在はポンピドゥー・センターの文化開発ディレクターを務める。さらに文化産業が支配する時代社会を問題化する国際的運動組織ARS INDUSTRIALISを立ち上げ、精力的に活動している

メランベルジェ,ガブリエル[メランベルジェ,ガブリエル][Mehrenberger,Gabriel]
上智大学教授。専門はフランス現代思想、フランス語文体論

メランベルジェ眞紀[メランベルジェマキ]
上智大学講師。上智大学外国語学部フランス語学科卒業、東京都立大学大学院博士課程満期退学、パリ第一大学DEA取得(哲学史)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

しゅん

11
断片化された労働に個人の成果を見出せず、テレビや流行歌による共通体験に個人の記憶は見いだせない。自らのエネルギーを社会化させた「象徴」を個人が作り出せない社会を著者は「ハイパーインダストリアル時代」と悲観的含意をこめて名づける。本書の刊行後のインターネットの一般化は、そうした「象徴の貧困」状況をさらに加速しているように思える。ネット以降、個人は(「象徴」の)発信が容易になったというのは一面の事実だが、テレビとネットと競争経済主義の合致はその事実を超えて貧しさを生み出している。その構造は何故生まれるのだろう2023/03/07

nzmnzm

7
あちこち「あれ?」と思いながらも読むべき本。おかしいと思ったところは批判するべき。第三次把持をスティグレールが頑張ってわかりやすく説明しようとしていることを馬鹿にするべきではない。佐々木中『切り取れ、あの祈る手を』、東浩紀『存在論的、郵便的』と併せて読み、現代的なメディア環境で生きること、あるいは語ることについて考えていきたい。それが「政治的なことである」というスティグレールの主張はなんら間違っていないと思う。2010/11/05

鵐窟庵

6
本書のタイトルでもある象徴の貧困とは、シンボルの生産に参加することが出来なくなったことに由来する個人化の衰退である。テクノロジーによる社会のコントロール化によって、それぞれの人々の感性や情動の方向性がカテゴリー化されて、その中で特異な個人のあり方を確立することが難しくなる。また、ポストモダンではなくハイパーインダストリアル時代は、テクノロジーによる計算がそうした個人化のプロセスに介入して、より近代的な社会が強固になる時代である。SNSの発達によって人々の欲望が一元化される今日の社会を10年前に示している。2019/01/14

Ecriture

6
現代をリオタール的なポストモダンやポストインダストリアルではなくハイパーインダストリアルな世界として分析する。果てない産業化と企業の生への奉仕のために「昆虫化」し、固体化のプロセスを抑制され、第一次・第二次過去把持の画一化からナルシシズムを失い、例外化する術を知らずデジタルフェロモンをまき散らすだけの蟻はやがてテロリズムへと走りかねない。知識人あるいはスティグレール様の御本を読みおおせる「われわれ」は、そうではない貧しく悲惨な蟻たちを気遣ってやらねばというエリーティズムも見えるが…。2013/08/28

chiro

4
我々の共感覚をあらわすものとしての象徴が共感覚を持ちえなくなることの懸念を示して見せた著作。ネット社会が招いたものには多くのものがあるが、その中でも最大かつ最悪なものがアルゴリズムによる消費への誘因である。自らの意思であると誤認させられるこの消費の貧困さは、LTVという継続する消費を促す仕組みの中で循環し、人々のポジションを固定化してしまう。このことの危惧を現実的に考えさせてくれる著作であった。2020/07/19

外部のウェブサイトに移動します

よろしければ下記URLをクリックしてください。

https://bookmeter.com/books/46946
  • ご注意事項