内容説明
テクノロジーは、私たちをどこに連れて行くのだろうか。私たちは、どのように変容するのだろう。サイボーグであるとは、何を意味するのか。人間であるとは、どのような意味なのだろう?人間と物とのあいだを浮遊するポスト・ヒューマンの哲学。
目次
第1章 浸透しつつあるサイボーグ(日常のテクノロジー風景;デジタル・テクノロジーの構造分析、そしてサイボーグ化へ)
第2章 ブレイン‐マシン・インターフェイスとナノテクノロジー(ブレイン‐マシン・インターフェイス;ナノテクノロジーとサイボーグ)
第3章 サイボーグと『攻殻機動隊』(『攻殻機動隊』;「ゴースト」)
サイボーグは永遠に生きるのか。―森博嗣『スカイ・クロラ』をめぐって(不死と再生;『スカイ・クロラ』と再生するキルドレたち)
第5章 サイボーグの心(ハーバーマスの『人間の将来とバイオエシックス』;サイボーグの心)
著者等紹介
高橋透[タカハシトオル]
東京都に生まれる。早稲田大学大学院文学研究科ドイツ文学専攻満期退学。現在、早稲田大学文化構想学部教授。専攻は、表象・メディア論、とくにサイボーグ論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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YO)))
15
生と死 生物と物の間を揺蕩う 個を超出した連続体 そういうものに 私はなりたい.…と,割と本気で思うんだけど,Wiiリモコンを例に出して「VRが私たちの身体全体を取り込み始めている」と言われても,それはまだ理屈の段階だな,という気がする(インタフェースの存在感を超越出来ていないから).一方で,欲望のサイボーグ化=絶えず欲望する「いま・ここ・私」は,相当なレベルで進んでいるな,と思ったり.実際には,個の尊厳とサイボーグ的な汎個的なあり方の間で,これから人類は多くの選択をしていかなくてはならないのだろう.2013/11/28
りー
4
「人間は個体として存在する」「全ての人間は死ぬ」という前提が先端技術の世界では既に揺らぎはじめている。それらの技術の向かう先では、人と物との境界、生命と物質の境界、自然と人工物の境界、生と死との境界、精神と物質の境界、内部と外部の境界が曖昧になっていく。その揺らぎの中に自分も立っている実感があります。10年前に書かれた本ですが、更に加速していると思います。10年先、20年先に自分が生きているとしたら、個のイメージはどのように変化しているのか?しばし思いを馳せました。2019/01/12
ミツ
4
『攻殻機動隊』『スカイクロラ』を中心に初音ミク、セカンドライフ、たまごっち等俗な例を交えつつ、VR技術、ブレイン‐マシン・インターフェース、ナノテクノロジーに関する最新の研究を紹介しつつ、人と機械、自己と他者、生と死の境界を曖昧にし混交させるものとしてのサイボーグの哲学について論じる。脳と機械の直結や細胞再生による不老不死など紹介される技術はどれもロマン溢れるもので面白いのだが、どれも論の切り口が浅く特段の目新しさは感じられなかった。サイボーク技術に関心のある人は読んでもいいかも知れない。2011/07/25
瀬々
1
士郎正宗、押井守、神山健治の攻殻機動隊、そして森博嗣のスカイ・クロラシリーズが大好きなので手に取った。興味深くはあったけれど、2008年の本なので13年経った今がどのようにどこまで変化したのか門外漢の私には把握しかねている。ただ、当時の技術や予測を見るには面白い1冊になっているのではないだろうか。しかし攻殻機動隊とスカイ・クロラを知らない人向けではないかな。2021/07/04
寺基千里
1
サイボーグ化する=人間とモノとの境界を曖昧にする事を肯定的に捉え、いかに必然なのかを考察していく。 人類は今まで環境の変化に合わせて、自身の生活や価値観もアップデートしてきた。その延長線上に、人間とモノが一体化するという新しい未来の価値観があるのだと思う。また、サイボーグ化が進んでいく中で、これまで問われてきた生と死を巡る哲学もひっくり返る可能性があり、テクノロジーによる技術革新は生活だけではなく、価値観さえも変化させていくのだろう。『攻殻』『スカイクロラ』シリーズを楽しむ1つの視座としても面白かった。 2020/07/29