出版社内容情報
現在では米国社会で最大のマイノリティと化していながら、我が国ではこれまであまり語られることのなかった米国のヒスパニック系住民について、歴史・社会・経済のみならず、音楽・料理など多彩な分野も織り交ぜながらそのリアルな現実を魅力たっぷりに描く。
まえがき
1 歴 史
第1章 米国最大のマイノリティ――ヒスパニック=ラティーノ系とは誰か
第2章 スペイン人の移住――米国・メキシコ辺境地帯の歴史
第3章 アラモ砦とテキサス戦争――米国膨張主義とメキシコ1
第4章 マニフェスト・デスティニーと米墨戦争――米国膨張主義とメキシコ2
第5章 南北戦争前夜のテキサス――アングロ系とメキシコ系との相克
第6章 南北戦争以後のテキサス――アングロ系と経済の発展
第7章 「ゴールドラッシュ」の光と陰――カリフォルニア・ドリーミング
第8章 無法者(デスペラード)――メキシコ人労働力の流入
第9章 エル・チャミサル問題――米国・メキシコ国境紛争
第10章 公民権運動とセサール・E・チャベス――農業労働運動とチカノ運動の狭間で
第11章 ブラセロ計画から移民法改正まで――メキシコ人労働移動の歴史
第12章 コモンウェルス維持か州昇格か?――プエルトリコ系の軌跡
第13章 革命と亡命の歴史――キューバ系の軌跡
第14章 トルヒージョとバラゲール――ドミニカ系の軌跡
第15章 紛争と和平――中米諸国の歴史と人びとの歩み
2 現代社会30章 ボーダーに響く声の文化――男性文学
第31章 人種や国境・性差に橋を架ける――女性文学
第32章 キューバとニューヨーク――音楽1
第33章 「ラテン」と「ポップ」の境界――音楽2
第34章 野球選手――もう一つの「社会的向上」
第35章 アメリカ化された南西部スタイル――ラテンアメリカの料理
第36章 対抗文化――チカノ・アート1
第37章 ポストモダン――チカノ・アート2
第38章 祭り(フィエスタ)とアイデンティティ――メキシコ系住民による3つの祝祭をめぐって
3 映画でみる人と社会
第39章 映画は社会を映す――ヒスパニック系の多様性
第40章 「情熱」と「母性」と――名優たち
第41章 『ウエストサイド物語』――越境的性格を持つ主人公
第42章 社会風刺――80年代ラテンアメリカの政治変動と映画
第43章 『エル・ノルテ』――メキシコ人不法入国者の物語
第44章 『ラ★バンバ』――越境の代償としての死
第45章 『グロリア』――異文化を越境する愛
第46章 『エル・マリアッチ』――90年代主人公の逆越境性
第47章 『Born in East L.A.』――異文化摩擦のコミ
まえがき
二〇〇一年九月一一日に米国でおこった同時多発テロ事件は最悪で、同国史上最も重要な事件の一つとして後世にも語り継がれていくことと思われる。これまで米国領土内で外国人の攻撃によって米国人が犠牲になった事件は三つあるとされ、三大悲劇あるいは三大屈辱の歴史として扱われてきた。アラモ砦でのメキシコ軍による攻撃(一八三六年)、メイン号爆破事件(一八九八年)、そして真珠湾攻撃(一九四一年)である。三つの事件のうち、最初の二つまでが米国とラテンアメリカの摩擦からおこっている。これは、本書で扱うテーマでもある。そして九・一一事件がその四番目の事件に加えられることになるのかもしれない。
ところで、これらの戦争によって、米国人に犠牲者が出たために、米国史のまさに「悲劇」であり「屈辱」の事件なのであるが、反面、それらは米国人が報復戦争を展開する正当な理由と化した。つまり、アラモ砦事件はサンハンシントの戦い(一八三六年)、さらには一八四六年に勃発する米墨戦争(メキシコ戦争)の遠因になった。メイン号爆破事件はすぐに米西戦争(一八九八年)を引きおこした。真珠湾攻撃はいうに及ばず、日米開戦の原因となった。九・一一事件もイラとするナショナリスティックな風潮の方が優勢である。その一方で、その反動としてのマイノリティの動向も無視できない。なかでも、ヒスパニック系の人口増加は急速に高まってきており、すでにアフリカ系(黒人)を超えて、最大のマイノリティになっている。事実、ブッシュ大統領を選出したこれまで二回の大統領選挙では、ヒスパニック系のマイノリティ票が勝敗の重要な鍵を握っていたといわれているが、これはスペイン語による選挙キャンペーンが展開されたことからも十分に理解できよう。
さて、本書は米国の「ヒスパニック=ラティーノ社会」に関して著したものであるが、歴史、政治、経済、文化、文学、美術、メディア、映画、音楽、スポーツ、料理など、様々な領域からアプローチされたヒスパニック系社会や人びとに関する邦語の概説・入門書という意味で、おそらく初めての書物になると思われる。先に述べたように、今日、白人以外のマイノリティ社会に関する知識がないと真の米国社会を理解することはできなくなってきている。わが国では、南北戦争や公民権運動の研究の蓄積があり、これによって、同じマイノリティでも米国のアフリカ系についての研究はある程度まで進展していると思われる版を待望されている読者も少なくないと推察されるのである。
執筆者の大半が中堅・若手の研究者であることもあり、この度の出版はいささか荷の重い仕事ではあったが、幸いにして編者の出版計画に対して、米国およびラテンアメリカ双方の研究者から執筆を快諾いただき(言語に関しては米国人研究者の協力を得ることができた)、全体として、マイノリティ研究にありがちな先入観に最初からとらわれすぎた、偏った「ヒスパニック論」にならないように、編者として執筆者の選定に気を配ったつもりである。また、可能な限り、それぞれの領域の専門家に持論を自由に展開してもらっているが、共著にありがちな各論の寄せ集めにならぬように、あくまでも読者の立場に立ち、本書を最初から最後まで通読して、ヒスパニック社会の全体像が把握できるように、全体の構成や「流れ」を考えて執筆・編集することを心がけた。その調整のため、結果的に編者の牛島が本書の半分以上を執筆することとなった。識者からの容赦ない貴重なご意見をいただければ幸いである。
なお、一般的には、「ヒスパニック」と「ラティーノ」の二つの呼称がほぼ同義語としてバランスよく用いられ、英語の文献ではHispanic/ Latinoだんに取り入れたので、視覚的にも十分に興味を持っていただけるのではないかと思う。本書を通じて、ヒスパニック社会に対する理解を深めていただければ幸いである。
二〇〇五年八月
編 者
目次
1 歴史(米国最大のマイノリティ―ヒスパニック=ラティーノ系とは誰か;スペイン人の移住―米国・メキシコ辺境地帯の歴史 ほか)
2 現代社会・文化の諸相(米国のスペイン語―多様性と語彙;RAEと21のアカデミアス―スペイン語統一性維持と薄れゆく「スペイン性」 ほか)
3 映画でみる人と社会(映画は社会を映す―ヒスパニック系の多様性;「情熱」と「母性」と―名優たち ほか)
4 越境する人びと(インターネット―オンライン・サービスとヒスパニック系;リチャード・ロドリゲスの場合―アファーマティブ・アクションを拒否する ほか)
著者等紹介
大泉光一[オオイズミコウイチ]
長野県生まれ。国際関係博士。日本大学国際関係学部教授、同大学院国際関係研究科教授、青森中央学院大学大学院講師。国際経営、危機管理論、日墨・日西交渉史、国際テロリズム研究、ラテンアメリカ地域研究専攻
牛島万[ウシジマタカシ]
上智大学大学院外国語学研究科国際関係論専攻博士後期課程修了。城西国際大学メディア学部専任講師。専攻は国際関係史、米国ヒスパニック研究、ラテンアメリカ研究(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。