内容説明
常に人に先んじ、鋭い推進力となって、近代教育の基礎工事を完成した伊沢修二の生涯は、特異な個性と叛骨に貫かれ、摩擦・挫折・転回と激しく旋転した。本書は失われつつある伊沢の資料を博捜し、その活動力の源泉と、思想的構造の分析に力点をおき、彼の果した役割を再評価するとともに、明治教育思想の断面図を描き出した。
目次
第1 家風と藩風(出生とその環境)
第2 遊学
第3 少壮の官吏
第4 米国に派遣さる
第5 近代教育の開拓者〈その1〉(東京師範学校;体操伝習所;音楽取調掛)
第6 近代教育の開拓者〈その2〉(文部省巡視官;文部省編輯局;東京盲唖学校)
第7 国家教育の推進者(国家教育社の創立;国家教育社の発展―国立教育期成同盟会の結成;学制研究会の結成と国家教育社の解体)
第8 台湾教育の実践
第9 廟堂に立って
第10 楽石社(吃音矯正運動)
伊沢家略系図
略年譜
伊沢修二著書目録
感想・レビュー
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壱萬弐仟縁
10
高遠町図書館前に彼の銅像が建っていた。雪が溶けてから借りにいってみよう。福澤諭吉にも劣らず貧しかったという(8頁)。だからこそ、社会を変えて貧しいことを理由に学問を断念しないですむ世直しを行なうのであろう。素読、習字、漢学、撃剣、測地など、蔵書から手写しした(17頁)。コピー機のない時代。彼は評者と似ているのが、個人倫理が全体の倫理と衝突していたこと(44頁)。偉人の個性は時に受け入れられず、孤立かいじめの対象にもなるのが日本社会の悪しき伝統では。ハーバード大理学部へ。東京音楽学校創立。癇癪の激情も似る。2013/02/27