内容説明
日本の美術工芸は素晴らしいが、音楽はダメだ。明治の初めに来日した外国人はそう観察した。同じころ、音楽家は社会全体の奴隷だと、その地位の低さが指摘されている。それから一〇〇年、状況は一変した。いまや、ヨーロッパで活躍する日本人音楽家は十指にあまる。大衆音楽も東アジアの国々で持てはやされている。欧米諸国との落差がどうして埋まったのだろうか。日本が“音楽大国”になった理由を、大衆音楽の歩みで明らかにする。
目次
歌声の近代化
1 幕末の歌謡
2 西洋の洗礼
3 大正モダニズム
4 メディアの中で
5 音楽状況急変
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
1959のコールマン
27
☆4。タイトル通り明治から2002年までの「近代歌謡」の実情を記している。とは言っても教科書的に羅列しているのでは無く、講談風に「歌えない、歌わない国民」がいかに「歌う国民」になったのかを具体的に話しているので、興味が尽きない。「外国人はその昔、日本人の歌声を奇異に感じた」p3。「日本人は西洋音楽になかなか同化しなかった」p5。「大正後期には、童謡で育つ世代が現われた」「童謡は日本人の音楽的体質を変えた」p52。また日本軍隊に初めて軍歌を導入したのがフランス陸軍歩兵第七八連隊の軍学長であったルルー、とか→2019/08/04
筋書屋虫六
0
「歌えない日本人」が三味線の歌舞音曲を放棄して、五線譜音楽を近代国家の政策として移植し、時に軍歌として、時に大正モダニズムの流行として、また録音技術の輸入で放送や映画として浸透したりという近代歌謡の通史をわかりやすく紹介してました。文明開花のまっただ中のご時世にスカラ座で活躍したソプラノ歌手がやってきて迎賓館のような会館で政府高官に歌を聞かせたのに、居眠りして興味を示さなかったというエピソードは、世界の音楽を無条件に受け入れ楽しんでいる現代の日本の状況からすると新鮮ですらありますね。2010/10/05