内容説明
山野と人との交わりは、人類発生以来のものでした。日本の歴史にあっても、縄文人と落葉広葉樹の森、古代や近世の大都市建設と山林伐採、中世山岳仏教の展開、杣人や木地屋と林産資源など、多くのテーマがすぐに浮かびます。一八九〇年代に始まる日本の産業革命も、薪や木炭が重要なエネルギー源でした。本書は、そうした山野と人との関わりを、江戸時代の場面で眺めます。稲作農業が満面開花したこの時代、人は生業を通じて山野と深いつながりを持ち、全国の山々はどこも人の姿で満ち溢れていたのでした。
目次
人間と山野の関わり
1 野火と草山
2 草山の景観
3 草肥農業
4 山論・牛馬・新開
5 土砂災害と土砂留
自然と人類史の相関構造
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
コーリー
1
近世における人間と山野の関りについて書かれた本。日本近世の山地景観は、いずれの地域にあっても草山・柴山を主流としており、このことは全国各地で山地を草山・柴山状態に保つための働きかけが持続的に行われた事実を示すものであるという。またそれは、膨大な草肥を必要とする当時の農業のあり方と深く関係していた。草肥の需要拡大は山争いを誘発し、草山化による自然災害にも繋がった。近世社会の人びとも、自然改造とその結果抱え込んださまざまな矛盾や難問に悩み続けていた。当時の人びとの生業や生活についてもっと知りたいと感じた。2019/05/21
千日紅
1
注が充実していて読みやすい。江戸時代、田や畑への肥料として草山の草が利用されていた。理論上は、田畑面積が1であるならば、草山・柴山面積は10、燃料用の木柴取得地は2.5必要となる(56頁)。徳川吉宗等の政策により田の拡張が始まると草山が田へと転換される。草肥の供給量が不十分となり、金肥の消費が拡大した。とはいえ、近世を通じて草肥の利用は圧倒的に多かった。一方で、草山から河川への土砂流出が問題となり、木の植栽が進められた。これが鳥獣被害をもたらした。自然資源の利用が草山を起点とし生き生きと語られる。2012/05/28
こずえ
0
これ同じシリーズの環境歴史学とかとあわせて読むと、日本における都市と山や森林とのかかわりが体系的にわかる。