内容説明
差別のなかで病に倒れ、「自分はエホバから使命を受けた」と確信した洪秀全、そして「彼こそは天下万国の真の主」だとお告げをくだしたシャーマンたち。下層民衆を中心に、ヨーロッパ世界の精神的背景と向かいあった太平天国の異文化受容は、日本の近代とはまったく異なる「アジアの近代」を開示している。それは現在なお宗教、民族の違いによる対立と抗争に苦しむ私たちに、異文化を理解することの重要性と難しさを教えてくれるに違いない。
目次
太平天国運動と近代日本
洪秀全のキリスト教受容と中国伝統文化
拝上帝会の創立・発展と中国民衆文化
太平天国とヨーロッパ
著者等紹介
菊池秀明[キクチヒデアキ]
1961年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。専攻、中国近代史。現在、国際基督教大学準教授
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
崩紫サロメ
17
著者が最近刊行した中公新書『太平天国』などに先行する内容であるが、異文化受容に重点を置いている。つまり、洪秀全はキリスト教を受け入れながらも、儒教的な華夷思想が非常に強かった。しかし後に楊秀清の天父下凡というシャーマニズムを受け入れ土着化し、勢力を拡大する、と。更に忠王李秀成の幕下にあったイギリス人リンドレーや、李秀成と対立しながらもヨーロッパ文化の受容を目指した干王洪仁玕を紹介することで、太平天国が目指した「もう一つの近代」を描く。2021/02/05
ピオリーヌ
10
著者が先日刊行した『太平天国』を読み、こちらの本に辿り着いた。洪秀全のキリスト教受容と儒教の排撃は 一見矛盾しているように見えるが、彼にとって異文化との出会いは必ずしも伝統文化の否定ではなく、伝統文化への回帰とその見直しにつながった。この現象は洋務運動期にも見られる点興味深い。彼らの中に儒教文化に対する揺るぎない信頼があったのだろう。2021/06/03
四四三屋
5
周知のように太平天国は洪秀全の幻想がキリスト教と酷似していた(と思い込んだ)為に発足した宗教教団の反乱である。本書を読むとキリスト教の太平天国的変質が洪秀全の思い込み、誤解などではなく、その受容の過程において伝統的儒教・民間信仰の影響によって必然的なものであったことがわかる。これは近代中国における異文化受容に関する重要な示唆であり、同時にその後に続く洋務運動、革命運動などを理解する上でも重要な摘である。2014/11/14
バルジ
4
明治維新とは異なる「もう一つの」近代の可能性としての太平天国をその異文化受容のありかたから検討する。拝上帝会の教義はキリスト教の衣鉢を継ぎながらも在地のシャーマニズムや教祖洪秀全の儒教的な素養により、土着化したキリスト教分派とも呼べるものである。男女の別を厳しくし偶像崇拝を禁止や現世利益を説きながら勢力を拡大していく様は中国史に幾多にもあらわれた新興宗教の姿と大きく異なる部分は無い。ヨーロッパ近代との邂逅は上手く行かずに滅亡へと至るが、この宗教勢力と「近代国家」の相性はあまり良くないようにも思える。2023/01/07
Jirgambi
3
洪秀全の、キリスト教に対する独り善がりな思い込みが独走しただけでは大規模反乱に繋がる訳がない。それなりに伝統ある儒教的価値観を踏まえた受容だからこそ、太平天国になりえたのだ、と見た。2016/09/12