愛と痛み―死刑をめぐって

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  • サイズ B6判/ページ数 117p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784620318820
  • NDC分類 326.41
  • Cコード C0036

内容説明

私たちは“不都合なものたち”を愛せるだろうか。私たちは他者の痛みを痛むことができるのだろうか。死刑の本質をあぶりだす新たな思考。

目次

究極の試薬―まえがきにかえて
第1章 愛と死と痛みと
第2章 日常と諧調
第3章 日常と世間
第4章 世間と死刑
第5章 日本はなぜ死刑制度を廃止できないか
第6章 死刑と戦争

著者等紹介

辺見庸[ヘンミヨウ]
1944年宮城県石巻市生まれ。70年、共同通信社入社。北京特派員、ハノイ支局長、外信部次長、編集委員などを経て、96年退社。この間、78年、中国報道で日本新聞協会賞、87年、中国から国外退去処分を受ける。91年、小説『自動起床装置』(文藝春秋刊、文春文庫、新風舎文庫)で芥川賞、94年、『もの食う人びと』(共同通信刊、角川文庫)で講談社ノンフィクション賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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どんぐり

32
死刑に反対・賛成は、人それぞれ考えがあっていい。もちろん、辺見庸は死刑廃止論者である。死刑是非論よりも、この国で暴走を始めている世間への彼の思考に引きつけられた。この言葉に耳を傾けてほしい。「かつて、ひそひそ声で囁かれていた世間の声が、メディアが世間と合体したことによってこの国に公然とまかり通るようになったのです。世間は新聞やテレビメディアだけではなく、インターネットの世界にまで拡大しつつある。世間という不思議な、非言語的、非論理的な磁場からくる荷重が、かつてよりずしりと重く私たちにのしかかっている。それ2014/05/29

Ayumi Katayama

8
「死刑を執行する五つのボタンの先に私たちは存在している」「今度死刑が執行されたとしたら、それは私の努力が足りなくてまたひとりの命が奪われたということです」死刑の責任は、執行する刑務官ではなく、教誨師でもなく、判決を下した裁判官でもなく、執行命令書を作った法務省でもなく、その命令書に判を押した法相でもない。「やめてくれ」と叫ばないからと言って教誨師を責めてはいけない。被告人に愛を注げないからといって弁護人を責めてはいけない。死刑の責任、それはその法を容認している全国民にある。そして、著者も私もその一人なのだ2017/12/22

魚53

5
死刑制度と戦争は繋がっている。世間という階調に自己を合わせるだけで、個として言葉を用いて考えることをしないのだ。個が自分の痛みから出発して他者の痛みに想像力を駆使して到達しようと足掻くことでしか、世間に対抗するすべはない。世間に巻き込まれず、個としてものを考えることの重要性とこの国での困難さを思う。でも、考えなければならない。そうでなければ死刑を温存するこの国は、世間というどこに主体があるかわからない何かに主導されてまた戦争に突き進むだろうから。「朝の廃墟」が素晴らしい。目を入れ替えてものを見ようと思う。2023/04/04

アルクシ・ガイ

2
まとまりがない。著者の言葉の中でだけ、考えが空回りしている。死刑反対派の私の胸にさえ訴えないのだから、存続派が読んでも得るものは何もあるまい。それとも、そう思うのは、私がネットで死刑論争に励みすぎているから? 中には、絞首刑された囚人が失禁すると聞いて、死刑反対派に鞍替えする人もいるのかな。2018/12/14

すうさん

1
死刑反対論として読んだが、内容は凄まじい迫力のある本であった。10年近く前に世に出た本だが、著者の左翼思想というよりは、貧しきもの弱いものにたいする真摯な感情。また権力やマスコミという名の「世間」に対する怒りの感情。それらが強い言葉で、ページの間でうねりをあげている。それゆえに最後の「スパルタクス」の逸話が私に突き刺さる。死刑をめぐってだけでなく、戦争も、生きること死ぬことへも自分が「個」としてしっかり立ち向けるかを作者は読者に突きつける。まさに読後は「愛と痛み」を感じるだろう。2017/11/26

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