PHP新書<br> 悲鳴をあげる身体

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PHP新書
悲鳴をあげる身体

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  • サイズ 新書判/ページ数 201p/高さ 18cm
  • 商品コード 9784569603094
  • NDC分類 104
  • Cコード C0210

出版社内容情報

  いま身体がアブない。拒食・過食、ピアッシング、性の萎縮などの現象を通して、「私の身体は私のもの」という自明性を問い直す哲学。  ボディ・ピアシング、拒食・過食、ゆがめられ萎縮する性。本来なら、ひとを癒し、快くするはずの行為が、身体への攻撃として現象している現在。本書では、専門の現象学研究に加え、モード批評などで活発な言論活動を展開し、最近では臨床の知としての「臨床哲学」を提唱する著者が、このような身体状況を濃やかに描写する。●第1章?パニック・ボディ ●第2章?からだの経験 ●第3章?からだの幸福 ●第4章?生の交換、死の交換 ●第5章?からだのコモンセンス ●第6章?<ゆるみ>と<すきま>  著者は、私たちの身体は、今、一方では<私>という個の中に閉じ込められ、また、一方では<私>という存在から遠く隔てられているという、引き裂かれた状態にあるという。では、そもそも身体に深く浸透しているはずの<智恵>や<想像力>、そして<他者との関わり>の中にある身体性の回復はいかにして可能か。リアルな問いを投げかける一冊。  

内容説明

ピアシング、拒食・過食、あるいは性。本来なら、ひとを癒し快くする行為が、身体への攻撃として現象している今。わたしたちは、なにか身体に深く浸透しているはずの「智恵」と「想像力」を失いつつあるのではないか。医療システムを通してしか関与できない非人称の身体と、フィットネスなどによって完璧に支配されるプライヴェイトな身体。引き裂かれた身体の状況をさまざまな角度から論じながら、他者との関わりにおいてこそはじめて存在する「身体」の本質について考える。

目次

第1章 パニック・ボディ―身体がアブない。
第2章 からだの経験―身体はいつもアブない。第3章 からだの幸福(間奏1)―身体には想像力がある。
第4章 生の交換、死の交換―もはやだれのものでもない身体は、もう少しアブない。
第5章 からだのコモンセンス(間奏2)―身体には智恵がある。
第6章 「ゆるみ」と「すきま」―ひたすら(わたし)であろうとする身体が、いちばんアブない。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

万葉語り

40
難しかったが最後まで頑張った。身体に隙間やゆるみや遊びが必要だということは分かった。身体は自分のものであって自分のものではないということもなんとなくわかった。皮膚は身体の外側にあるが、服を着ると外側ではなくなるということも納得できた。ところどころの解釈しかできなくて、残念だ。また読んでみよう。2016-2502016/12/15

ころこ

37
以前は著者を通じて哲学に興味を持ったといっても良いくらい読んでいましたが、1章の議論などは最近論じられている「弱い身体」という共通項で、近年に多数刊行されたケア系の議論とそっくりです。20年以上同じ議論をし、また昨年も同じ議論で盛り上がっていることに疑問を抱かざるを得ません。身振りに対する議論は、哲学というよりも宗教に近いのではないでしょうか。著者には理論の引き出しが少なく、題材を変えて文化論としての広がりはあっても、数少ない理論を変えて展開しているだけのような気がします。とはいえ、部分的に鋭い指摘が垣間2020/08/19

kasim

36
先に読んだ西洋史の身体論が面白かったので、再読。思想系は私には難しいのだけど、文字通り具体的な題材のせいか、これはわりと「腑に落ちる」気がする。いちばん印象に残るのは所有論の考察で、「持つ=意のままにできる」という西洋の考えの根本が体に当てはまるのかどうかという議論。「私は体を持つ」のか、「私は体である」のか。自他の区別はどこにあるのか。持ち物なら売買できるが、臓器売買は欧米でさえ禁止している。私は体の各部分を持っているようだが、それらは必ずしも意のままにならない。だから化粧したり健康法を試したり。2020/02/13

ネギっ子gen

20
鷲田先生が、暫しご休養の報。朝日新聞の中で『ののちゃん』と並び楽しみにしていた『折々のことば』。ロスの癒やしに書棚の奥から発掘し再読――。ピアシング、拒食・過食、歪められ萎縮する性。本来なら、人を癒し快くする行為が、身体への攻撃として現れている現在。専門の現象学研究に加え、モード批評等含め言論活動を展開し「臨床哲学」を提唱する著者は、<身体の深い能力、とりわけ身体に深く浸透している知恵や想像力、それが伝わらなくなっているのではないか>と書く。<現在の身体が抱え込んでいる痛みと希望を濃やかに>描いた一書。⇒2021/02/11

糸桜

17
担任の先生がこの本の著者の鷲田清一さんが好きなそうなので読んでみましたが、わかることもわからないこともありました。でもたまに面白いことも書いてあったので、そこは良かったです。まあまあ題名の通りの内容でした。現代における人々の身体への意識とか、そういうことが書いてありました。 久しぶりに新書読んだので全然慣れられなかったけど、たまにはこういうのも読まないと国語の問題読めなくなりそうだし、気分転換にもなるのでたまには新書も読もうと思います。2016/05/11

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